2009/01/17

認識

白銀の鹿島小学校をイメージしながら
なんとなくYou Tubeで
『大夕張』で検索してみた。

なんかしらYou Tubeにも
投稿されていたりするのかなって。

でもすごくがっかりした。

南大夕張駅にあるのは
国鉄の車両だと。。。(大汗)。

その隣に大きく
綺麗に塗り直された三菱マークが
白く輝いていることは
動画でもわかるのですが…。

南大夕張駅に走っていた鉄道は
三菱大夕張鉄道なのですが
あれは国鉄の車両だったのだろうか、
もう一度鉄道保存会のHPを
血眼にチェックしなければと思う私でした。

Img_3385
(※2008年1月 旧南大夕張駅)


認識が甘いと
読み手(視聴者)に不快な思いをさせてしまう。
 
私にも過去にそういうことが
多々あったのだろう。

せめて事実認識という点では
気をつけなければ、と思った。


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2008/07/17

大夕張に泊まる 2

夕暮れ間近のイタヤカエデは
ほんのりとオレンジ色の光を浴び

いつもと変わらぬ大きな姿で
いっぱいに葉を広げ
私達の目の前に立っていた。

Img_0112

大夕張の駅前通から
緑町あたりにかけて昨年出来上がっていた
砕石プラントの稼動する音が
まだ聞こえる。

けれどグランドに居ると
その音がその距離よりも
少し遠くにあるような、そんな気がする。

今宵の宴の支度をしながら
早速3人で缶ビールを開ける。

至福の時。
今日は色々なことを気にせずに
ここでビールが飲める。
 
穏やかな大夕張の夕暮れ
山の間のこの場所だから
あっという間にこの時は過ぎ去るのかと
そう思っていたけれど

心の密度のせいだろうか
大夕張の夕暮れは
優しく、ゆっくりと流れて行った。


この宴の為
ヒロさんが用意してくれた備長炭
その上でかねひろのジンギスカンの
ジュッという音と匂いが
食欲をそそる。

どんな高級な焼肉店でも
どんなに美味しいと謳うお店でも
真似の出来ない

私にはそう思える
最高のBBQがここにある。

思えば2001年秋
誰も居なくなったはずの大夕張に
大勢の人が集まり
イタヤカエデの木の下で
鹿島小学校の校歌を歌ったあの日

「食べませんか?」
そう気さくに声を掛けて
輪の中に加えて下さったヒロさん

あの時ここで食べたジンギスカンが
それまでの私の人生の中で
最高に美味しい焼肉で

7年経つ今もそれは変わらない。
やっぱり、鹿島小学校のグランドで
食べるジンギスカンは
他と比較にならないほどに
この上なく美味しい。


私は何となく、大夕張のフキを食べてみたくて
ふらふらとフキを探しに歩いた。

グランドの裏に回ってみると
そこは随分と地形が変わっていて
フキはほんの少ししか生えていなかった。

壁のように続く盛土に阻まれる。
神社に続くはずの場所なのに
私は山の方へは歩けない。

それでも悔しいから
どうしてもフキを収穫してみたけれど
ゆでて食べるにはちょっと硬すぎた。

変わっていく、変わって行く大夕張。

かつて炭鉱がなくなり
きっとあっという間に炭住もなくなったように
ものすごいスピードで
今、この場所が変わって行く。

今年の1月、厳寒の真冬の中
積雪で気づいていなかったけれど
きっともうこの壁は出来ていたのだろう。

その前…去年のGW
確かあの時は皆で神社に行って

その帰りには神社の階段を、おりたはず。


変わらないものなんて、ほんとうは何ひとつない。
それは解っているけれど

その変化の早さに私は
何かを見失ってしまいそうなくらいに
目がくらんでしまいそうなくらいに

そんな気持ちに、なった。

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2008/07/16

大夕張に泊まる 1

今回の北海道の旅
実は決めたのは一歩くんが帰国した翌日の話で
それから私達はばたばたと
大まかなプランを決め各種手配をし
支度をしながら
出発までの時間を過ごしていた。

そんな中
一歩くんの頭の中には
今回の旅の第一の目的として

『鹿島小グランドに泊まろう』
を掲げていた。

ヒロさんに連絡を取ると快くOKのお返事。
(いきなりのお誘いのところ…ありがとうございます)

大夕張に泊まる。
それは私も前々からやってみたかったことで
でも中々実現できなかった夢。

何度も何度も通ったあのグランドだけど
夜の闇に包まれた姿は
まだ一度も見たことがない。

私はわくわくしていた。


土曜日の午後、清水沢で待ち合わせ。
天気は良くこの分なら
夜もさほど冷えこまなそうだ。

清水沢で食材の一部を
南部のいつものあの店で
長芋焼酎"夕張寅次郎"を購入。

2台の車は連なって
真新しいトンネルを越え
三弦橋を横目に
あのグランドを目指した。

工事は来る度進んでいるけれど
伸び放題の草の中
変わらぬ場所で
"キリ助"がお出迎えをしてくれた。
 
Img_0111
 

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2008/01/30

大夕張2008冬

あれから…

真冬の大夕張のことを
何とか表現しようと
何度も何度も書いてみたけれど
私には書けなかった。

確かに厳しい大地で
行く道すがら雪が多くて
何処までが道で
何処からが道でないか
判らない位に真っ白な世界で

どうしてこんなとき
立派な道路ではなくて
鉄路が無いのだろうと
本気で思った。

だけど真冬の鹿島小学校は
あまりにも白くて
静かで
美しくて

カンジキ代わりにショートスキーを履いて
あのイタヤ楓の下に
時折風に吹かれながら
辿り着いたときの気持ちは

きっとこれから時が過ぎても
色褪せない
そんな気がする。

三弦橋の架かるシューパロ湖も
かつての駅前通も
何もかもが白い
2008年大夕張の冬。

Img_3391 Img_3385
Img_3392 Img_3395
Img_3400 Img_3401
 
過去とも未来とも違う今を
ここに記しておきたくて
 
記念碑はまだまだ埋もれるのだろう
ねぇ、春になったらまた
ふきのとうが顔を出し
大地は息吹いて

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そんな穏やかな時間を
あとどのくらい過ごせますか。

この静かな白い世界の後に


イタヤ楓の木の下で。

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2007/09/12

徳山村の現在・大夕張の未来

ヒロさんがブログ『鹿島の街かどより』
当ブログの「2007年9月8日の徳山村と親」
取り上げて下さいました。

記事のタイトルは「水底への現実…」
大夕張のこれからのことについて書かれています。

そう、大夕張も「予定通り」であれば
近い将来に徳山村と同じ運命を辿ってしまう。。。

Img_0085
(神社跡から眺めた大夕張 2007.5.3撮影)


徳山村が沈んでいくところを見るのは
一介の旅人である私にもとても辛いことでした。

その場所は誰かのふるさとであり
自然の豊かな場所であり
私も何度も何度も歩いたところ。

人は転居し工事が進んでいたとはいえ
のどかな山里の風情のある地でした。

水門が閉められて1ヶ月弱。
水が校舎のそばに近づき
しーんと静まり返る徳山村を見るまでは
徳山村は生きていると思っていました。

川の流れる音、木々が風に揺れる音
鳥のさえずり、虫の大合唱、冬に聞いた雪の音さえも
とても賑やかな自然の音が全く聞こえなくなってしまった
小雨降る10月の徳山村で

人間ってなんて怖い生き物なんだろうと思いました。


かつて炭鉱で栄えた大夕張。

勿論往時と比べれば誰も居なくなった今
街は静まり返っているとは思います。

だけど本当の静けさはそうじゃない。
いつかあんな風に
静まり返る徳山村のように
あの大夕張が静まり返る瞬間が来るのだろうか。

それを想像するにはあまりにも辛く
過酷な現実だと…ヒロさんと同じく、思います。


徳山村で食べた野イチゴの味と
大夕張の山ブドウの話を思い出しながら

考えてしまうことが沢山あります。


    

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2007/06/01

北海道2007早春 10 (南部編)

5月4日 金曜日
今日15時の便で愛知へ帰る。

その前にふと、Nさんにお伺いした
「三弦橋からの風景」を
もし見られるならばともう一度南部へと向かってみた。

勿論今の三弦橋を渡ることは出来ないけれど
せめて正面に三弦橋を、小さくでも見られれば…。
 

何年か前確かこの道は通行止と
そんな看板も立っていたような気がする。
それよりもずっと前にも別の理由で通れなくて
その後気にも留めずそのまま忘れていた。

多分ダメだろうけれど
もしかして行けたりしないかな

レンタカーのカーナビには一応道がある。
勿論そんなものは当てにはならないことは知っているけれど

国道452号線を右へと曲がってみた。
初めてこの道を通ったとき
たしかこの信号のところには
三菱マークのついた案内看板があった。
それから何年かしてそれもなくなってしまった。
今考えてみればあの看板の写真も撮って置けばよかった。
 


Img_0167


案の定、道は通行止となっていた。
迂回路として書かれた道は
間違いなくダム建設用の道路で
きっとゲートが閉じられていて一般車両は入れない。

現在のダムの上も確か…入れない。

時既に遅し。
色々なものがなくなっていくだけでなく
行けなくなる場所も増えていく。
 
現在という時間の大切さ、貴重さ。
その重み。

強く感じた。


諦めて通行止のゲートの前をUターンし
国道への橋へ向かう手前
何を思ったか一歩くんは脇道へ反れる。

走っていくと道は綺麗に縦横に並び
きっとこの場所に炭住があったのだろうと
走りながらふたりで話し始める。

川の向こうの肥えた畑を潰して炭住を作ったと
一昨日聞いた場所は…きっとここ
今は大きな工場のような建屋と
街の端、道の行き止まりに
公園が残るばかりだけど…。

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Img_2430 Img_2432
Img_2436 Img_2434
 

三菱南大夕張炭鉱の閉山は平成2年3月。
一歩くんと私の高校卒業と同じ。

それは私達にもついこの間のような時間。
しかしあれから17年の月日が流れたことを
錆付いた遊具ははっきりと示している。
 
家の一軒も無い住宅跡地の公園で
私はふと思う

『炭鉱』って

考えれば考えるほど頭の中がぐるぐると回って
そこはかとなく思考が続いていく。

きっと何百年後の日本史の授業では
1ページもかからず終わってしまうだろう
1世紀にも満たない一時代。
 
その頃どんな風に考えられるのだろう?
過去と、今と、これからの…
 
 
   
 
Img_2450

真新しいシューパロトンネルの脇
着々と工事が進み三弦橋の袂の山も
大きくその姿を変えている。

旧徳山村にもあったような
満水時の水位を表す看板も取り付けられ
いよいよそのときが近づいてきていることを
いやおうなしに感じさせる。

Img_2449_1
 
   
次に同じ場所に立ったとき
その景色は変わっているのだろうか。

もっと急激に、変わっているのだろうか。 

Img_0194_1

 
私達はそのとき、何を思うのだろうか…。
 


 ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

この旅でお会いした全ての方々へ、感謝を込めて。
ありがとうございました。
 
 ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

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2007/05/29

北海道2007早春 9 (大夕張編)

帰りがけ炭鉱の入口に立ち寄ることにした。
この街の始まり、暮らし、源。

炭鉱の入口は国道からすぐのところにあった。
実は私もこの場所を訪れるのは初めてだ。

Img_2372

入口は見えるけれど道がよくわからず
クマササの中に入り、足を泉に落とした。

その向こう、すぐ向こう
コンクリートの造形物が目の前に現れる。

Img_0140

三菱大夕張炭鉱の入口。
写真では現在の状態も見たことがあったが
実際に目の前に立ってみると
それは決して大きなものではなく
とても小さな小さな入口。

この小さな入口の閉ざされたコンクリートの向こう
沢山の人が毎日3交代で働いていた。

その向こうはどんななんだろう。
どんな風景でどんな毎日だったのだろう。

Img_2374

一歩くんと私はただその前に立ち尽くすだけだった。
 
 

2万人の人が暮らした街の源。
今、その入口は水が流れ出ている。

シューパロの語源はアイヌ語の"シ・ユーパロ"
その中の"ユーパロ"という言葉は
"温泉の出るところ"というような意味があるらしい。
(実際には冷泉であったようである)

砂金取りが盛んだった時代もある。
そして炭鉱の一時代

これから…。


様々な思いが心の中を駆け巡る。
大夕張のこと、色々なこと

沢山の人が働いていた
小さな入口の前

空は青く夕張岳は変わらず
その姿を見せていた。

Img_2390
(※写真は坑道入口の上の山より)

夜は清水沢の居酒屋さんで
またまた春の山菜、"根わさび"を戴いた。

あんまり"美味しい"を連発していたら
女将さんがお土産に持たせてくれた。

心暖かな夕張に今宵も感謝です。

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2007/05/23

北海道2007早春 8 (大夕張編)

Img_2328

抜けるような青い空の下に広がる
大夕張の風景は
往時のものとも私が通い始めてからも
随分と違うものとなってきた。

Img_0103_1

ぞろぞろと歩く駅前通には
真新しい建物に電柱。

Img_0128_1

役目を終えた古い電柱(電線はついていない)
力強く地面から花を咲かせたふきのとう
その向こうの異次元の世界
ジェットコースターのような施設
ダム建設用の砕石プラント。

時が過ぎれば景色は変わるけれど
だけどそれはまるで合成写真のように
向こうとこちらに見える景色が違いすぎていて
何だか不思議な違和感を覚える。


シューパロ川のほとりの大夕張
橋のある風景が個人的には好き。
 
白金へ向かう白銀橋
常盤町へ向かう鹿島橋

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(左:白銀橋を見上げる・2004夏 右:鹿島橋・2005秋)

春日大橋
2007年春、しっかりと健在だ。

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Img_2398_1 Img_0148_1
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春日大橋から眺めるシューパロ川。

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多摩川のほとりに住んでいたから?
いや、その前に大夕張と出逢ったけれど
こうして川を眺めるととても心穏やかになる。
 
そして川原から橋を見ると
私と何かをつなぐもの、どこか違う世界への架け橋
渡れば向こう岸に居る誰か、愛する人に会えるような
そんなわくわくするような、時に吸い込まれるような
不思議な気持ちになる。


川と橋に心惹かれる。

橋が橋としての役目を終わっても尚
川に架からない橋に残る記憶に何故か心惹かれる。

2005年秋に見つけた春日橋の橋脚。
今回は冬の内に背の高い草は雪が押し倒し
その雪が融けてその向こう
こんなにもはっきりと見える。

Img_2345_1

渡れないのは少し寂しいけれど
それ以上に私は、何だか嬉しくなった。

こんなにもはっきりと姿を見せる
その橋脚の上にあった日常に思いを馳せる。

札幌の"夕張"で見せて頂いたあの絵のように
きっと沢山の人の毎日があの上にあったのだと

"何もなくなってしまった大夕張"
よく貰うとある人からの手紙には
枕詞のようにこのことばは使われるけれど

何もなくなんてない。
 

 ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

すっかり間が開いてしまいました。
↓に"最初から見るリンク"を追加いたしましたので
流れが「?」でしたらぜひぜひ1よりご覧下さい。<(_ _)>

スンマセン、いつもこんなで。(^^ゞ
歯医者さんを変えて心身共に復活しつつあるミナカミでした。

【photos by ippo&minami minakami】
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2007/05/09

北海道2007早春 7 (大夕張編)

清水沢へ向かう車の中、電話が鳴った。
ヒロさんからだ。

あっ!よく見ると向こう側に
見覚えのあるヒロさんの車。

車の中からヒロさんが降りてくる。
久しぶりの再会に涙が出そうなくらいに嬉しくなった。

1年半ちょっとぶりのヒロさんスマイル、変わらないな~。


そうして途中旧明石町駅に立ち寄り
一路鹿島小学校へ

さっきまでの曇り空に太陽が顔を出し
青空の下のグランドでBBQの準備をする。

早速ビールを開けてしまった。

Img_0084

炭火をおこして
網の上にはジンギスカンと
残念ながら本日は欠席のEさんからの差し入れ
行者ニンニク

北海道の春の味覚、初めて食べたけど
むちゃくちゃウマイ~

ビールが進む進む
皆さんが来る前にすっかり酔っ払い。^^;


そうこうしているうちに鹿島小学校グランドには
次々と車が到着

としさんご一家、川さん次さん
きたたびさんも名古屋から大夕張へ
Tさんは自家製アップルパイを持参の登場です。
(Tさんのアップルパイがまたすごい美味しいのです)
 
あっという間に鹿島小学校には
沢山の笑顔、笑顔、笑顔。
 
Img_2317

大夕張のすごいところは
この山や大地や自然は勿論だけれど
それ以上に変わらない人の暖かさ

まるで隣近所のような雰囲気で
次から次へと皆さんが集まってきては
笑顔が輪が広がる。

初めて大夕張を訪れてから確か8年。
私は勿論大夕張の出身ではないのですが
こうして何度と大夕張の集まりにお邪魔させて頂き
とても楽しい時間を大夕張で過ごしています。

さてさて、お腹も満たされたところで
神社へと出発です。

Img_2296 駅前通 真新しい工場が目立つ
Img_0088_1 神社の階段 
Img_0093 教会奥には遊具が残っていた

まだまだ私の知らない大夕張がある。
今は誰もいなくなってしまった街、大夕張。

ダムに沈んでしまう運命
多くの建物は既に壊されてしまったけれど
ここは間違いなく『街』であったことは
春の大夕張を歩くと本当によくわかる。

そう、ここにあったのは間違いなく
静かな山村ではなく
沢山の人々が暮らした『炭鉱』という大きな街。


ただ活気のある街だけでなく
何か…並々ならぬ想いをそこに感じる

今の景色は間違いなく寂しいものになりつつあるけれど
この山の中で、今でも沢山の人の声が聞こえてくるような
そんな気がしてならない大夕張。


大夕張には活気が似合う
こうして沢山の人が集まる大夕張の輪
鹿島小学校でのバーベキュー。

今日、たくさんの元気を貰いました。
この場所へ参加出来たことへ、感謝です。


夕張岳、前岳も顔を出す。
…そこで独り占めしてる人!

Img_0101

一歩くんもとても嬉しそうでした。
 
 
 ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

この日の様子につきましては
本家大元『ふるさと大夕張』の各種掲示板
ヒロさんのブログ『鹿島の街かどより』 
『道新WEB』等々
ネット上にも沢山掲載されております。

毎度のことですがまだまだ熱が覚めやらず
この日のことを私はうまく表現できません。
 
『ふるさと大夕張』に集う皆様へ
いつもいつも誠にありがとうございます。<(_ _)>

【photos by ippo&minami minakami】
写真は一部を除きクリックで拡大します

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2007/05/07

北海道2007早春 6 (大夕張編)

5月3日水曜日。

目覚まし時計で6時に起床
カーテンを開けた窓の景色は…

…曇ってる。路面は濡れている。

今日は待ちに待った鹿島小学校BBQの日。
うわ~天気は大丈夫かな~

TVをつけると札幌は晴れ。
う~んきっと大丈夫だ
天気は回復するって昨日も言ってたし
…そう思うことにしよう!


早々に支度をして7時半にチェックアウト。
朝御飯は北海道定番のコンビニ
セイ○ーマート清水沢店の暖かいおにぎり。

愛知県民でありながら
"セイ○ーマートカード"を財布に常備している私

「カードはお持ちですか?」
「ハイッ!」
嬉々としてオレンジ色のカードを差し出した。
 

BBQの前に奥鹿島分校を散策
HEYANEKOさんに戴いた地図を手に持ち
白銀橋を渡る。

Img_2274
 
鹿島東小学校奥鹿島分校は昭和32年開校
その母体は昨日お話をお伺いした桜ヶ岡小学校(※)
昭和53年の鹿島東小閉校に伴い
鹿島小学校奥鹿島分校に改名
昭和55年に鹿島小学校と統合、昭和57年閉校。
(以上『ふるさと大夕張』より)

何度か目の前を通っているはずの奥鹿島分校。
しかしいつも行くのは夏だからか
奥鹿島分校がわからなかった。

今回は地図で正確な場所もわかる。
そして雪の融けた早春であればきっと
写真でしか見たことの無い"奥鹿島分校ゆかりの碑"も
一目瞭然…

白金川の川沿いに道は続き
私達は車を走らせる。

だけど気になる。
…コレ、どうみても工事車両が入っている。

辿り着いた奥鹿島分校を見て驚いた。


Img_0054

サッカーゴールの横に目をやると
真新しい橋脚が立っている。

橋脚は更に奥へと進んでいる。
坂道を下ってみる。

Img_0063

もう一度辺りを見回すとやはり
そこにはサッカーゴールがあり住宅より大きな基礎がある。

Img_0052 Img_0057

何百回と見た1992年の大夕張のビデオを思い出す。
確かにこの木の配置、景色は奥鹿島分校のはず。

建物はなく碑もないけれど、確かに…
 

向こうに見えるのは…道路?
ガードレールが真新しい

Img_2266

う~んとう~んと、えっとぉ~
つまりはこの道を付け替えるということ?
 
頭がパンクしてしまった。

一体なんで?
沈めてしまうというのだろう。

もうこれ以上は何も考えられなかった。


ヒロさんとの集合場所、清水沢へ一旦戻る。

今朝のシューパロ湖はとても穏やかで
その湖面に山々と三弦橋を鏡のように映し出している。

Img_2286

三弦橋
四角錐を連ねた形をしたとても珍しい鉄橋

ここには森林鉄道が走っていて
南部の保健婦、Nさんはこの線路の上を歩いていた。
   
Img_0081
 
美しい橋の姿を前に
私達はただ黙り込む。

いつもいつも
ただただぼーっとしてしまう。

向こうには徳山村でも見た
満水時の水位の看板

三弦橋よりも上の方にある…知っていたことだけど
三弦橋も建設されるシューパロダムの下に
いつしかその姿を隠してしまう。


今は気を取り直して待ち合わせ場所へ向かおう。
きっとそろそろヒロさん、着く頃だ…。

 ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ 

※『さくらがおか』の表記につきましては
 Yさんから頂戴した資料では『桜ヶ丘』
 ふるさと大夕張では『桜ヶ岡』となっていた為
 『5』では"丘"を、『6』では"岡"を採用しております。
 ご了承下さい。

【photos by ippo&minami minakami】
写真はクリックで拡大します

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2007/05/06

北海道2007早春 5 (夕張・南部編)

幌加温泉から雨の中を車で走り続けて4時間。
夕張市"南部"は清水沢より国道452号線を入った
現在の大夕張ダムの直下にある町。

旧三菱大夕張鉄道・南大夕張駅に残る
ラッセル車と客車と石炭を積む貨車、
これが私を大夕張へと引き寄せ
北海道に来る度この地へと足を運ばせる
貴重なご縁の入口となった。

Img_2250
  
 
南部にもまた激動の歴史がある。
私が知っているだけでもかつて森林鉄道があり
シューパロ湖に南部の一部は水没し
三菱南大夕張炭鉱は平成2年まで稼動していた。

そんな南部の歴史を教えて下さったのは
南部に住まわれている、Yさん、Nさんというふたりの女性。
おふたりにお会いしたくてYさんの商店を訪ねる。

店の奥から顔を出すYさん
赤々と燃えるストーブの前に座っているNさんは
先頃90歳になったという。
おふたりとも変わらずお元気な
とても素敵な女性だ。

毎度毎度の突然の訪問だが
さっそく私達もお邪魔させていただいて
ストーブを囲んだ。
 

Img_2258

Yさんは昨年本を出版していて私達にも一冊下さった。
以前真冬にお伺いしたときに
私が横浜出身であることから始まった
Nさんの"夕張と横浜"に関わるとある方の話
そのこともこの本に収められているという。

Nさんは無医村であったこの地域の
唯一の保健婦さんでお産婆さんだったのだ。

そしてNさんと一緒に山の飯場にシラミ退治に出掛けた
アルバイトの少年は若き日の…

まだ当時Nさんは確信を持ち切れていなくて
私は帰宅するとメールを介して真実を探った。
そして後日、まさかのまさか
市長室から丁重なお電話を戴くこととなった。
 
あれから、5年くらい経ったのかな。
またこうして色々なお話が聞けること、とても嬉しいです。


 大夕張へ映画を観に行って帰りの汽車が無くなり
 夜、シューパロ湖が出来る前の川沿いの道を歩いて帰った。

 無医村唯一の保健婦であったNさんは
  道が無いので線路を歩いて仕事をしていた。

 川向こうにも桜ヶ丘という集落があった。
 小学校もあり、主に戦争引揚者が住んでいた。
 国が無償で開放した土地だけどその開拓には困難を極めた。
 
  遠幌より夕張(市街)寄りは北炭の地域
 それよりも大夕張側が三菱の地域
  三菱側の地域で夕張からの分町の話が出たけれど
 一票差でそれは無くなった。

 
今回も色々な話をお伺いしたので
ここに書ききることは出来ないが
今回、ものすごく印象的だったのが
ダム工事が本格的に始まり
この地の自然が破壊されていることをとても残念がっていたこと。

そしてそのダム計画が実は…

そうだったのか。。。


「三弦橋からの眺め、これは素晴らしい。」

三弦橋は以前にも当ブログでも紹介している
現シューパロ湖に架かる森林鉄道の鉄橋。

そういえば、三弦橋を横から見てばかりで
前から見たことって、ないな。

見てみたいな。

おふたりのお話が面白くて
ついついまた長居をしてしまった。


Img_2251

南部にある市民体育館
これもまた、元はといえば三菱の持ち物だったという。

元々採炭の歴史は大夕張よりも南部が古く
南部が掘りにくくなった為大夕張へと移り
そしてまた南部へと戻ってきたという。

南大夕張炭鉱で事故があったことは
北炭の事故と共に
私の幼い記憶の中にも残っている。

今は静かな南部
ここに沢山の炭鉱住宅が並び
屈強な炭鉱マンがいた姿を
残念ながら現在の私には想像が出来ない。

短い期間で町が出来、なくなる
炭鉱がそういうものであることを
今回のお話で初めて知ったような気がする。


 ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

さてさて、本日のお宿は明日のことを考え夕張市内
毎度ですがホテルシューパロ。

荷物を置いて早速町へと繰り出すと
…何だか以前より一段と、寂しい感じがした。

前回立ち寄った居酒屋さんは定休日。
有名な藤の屋さんはこの時間では営業終了
明日は鹿島小学校でジンギスカンだというのに
開いているのは炭焼き屋さん…

と、思いながら入ったお店だったけれど
お通し代わりに出てきたのは
作りたての"ふきのとう味噌"。

ウマイっ!!
大将!早速ですがライスふたつ追加!

あんまり美味しいので美味しいおいしいを連呼していたら
なんと大将、お土産に出来立てを一袋持たせてくれました。

「明日鹿島小学校で皆さんに振舞います。」
そう言ったら大将、もう一袋詰めてる…。

もう~皆さん人が良すぎです。
実はYさんのお店でもワインを一本持たせて貰って
昨日のお宿でも飲み物を持たせて貰い
今度はふきのとう味噌。

大将、夕張では当たり前でも
愛知県某所ではコレ、すごい貴重品ですよ。

沢山のお土産を貰いながらの北海道の旅。
道産子の暖かなお心遣いにひたすら感謝です。。。


 ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

毎度のご案内ではありますが
旧南大夕張駅のラッセル車等々は
三菱大夕張鉄道保存会の皆様により修復され
一部客車は冬季を除き中に入って見学可能となっております。

どうぞご覧になる際はルールとマナーを守って!

【photos by ippo minakami】
写真はクリックで拡大します

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2007/02/18

もうひとつの計画

野崎島ともうひとつ
次のひとりの時間
行きたい場所がある。

大夕張。
気がつけば1年ちょっと足を運んでいない。

私は大夕張がご縁の友人も多く
今まで一度もひとりで大夕張へ行ったことがない。

ひとりで訪れる大夕張
どんな風に映るのか
経験してみたい。


予定は4月。
夕張1泊の大夕張を中心とした旅。

春の大夕張を見たことがなくて
春の大夕張を見てみたかった。


今年は暖冬だから
雪も融ける頃になりそうだと
勝手に思っている。

千歳空港でレンタカーを借り
ひとりで行ってみる大夕張。

壮大な大地
ひとり車を走らせて大夕張へと向かう
私の姿を想像する。

悪くはない。笑


大夕張をお休みして
徳山村、野崎島へと通った1年。

1年経って大夕張が
どう変わったのか見てみたい。

ダムの工事が進んでいる話は聞いている。
そして夕張が破綻したことは知っている。

だけど私は大夕張の春を知らない。


一歩くんの中国の予定がまた変更になった。
帰国が2日延び、4月29日。

私の誕生日は4月28日
そのたった2日が大切だったけれど

ひとりの誕生日プレゼントは
今更ながらの大夕張ひとり旅

ひとり日本で暮らす私へ
私からのプレゼント。


原点に立ち返り私は何を思うのだろう。
大夕張は私の旅の原点

心の拠所のはじまり。

大夕張で私はそこに暮らした人々の暖かさを知った。
現実の寂しさや無情さをほんの少しだけ知った。

考えさせられた。


雪融けの大夕張の景色
そうだ春は雪に背の高い草がなぎ倒され
春日町を歩けると聞いている。

春日町を歩いてその向こう
シューパロ川の流れ

何を感じるのだろう。
何を思うのだろう。


大夕張ひとり旅
 
もうひとつの計画。
   
 

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2006/07/11

大夕張2000年夏

2

先日元の夫と話す機会があり
そのときに「昔の大夕張の写真を」とお願いしたところ
2000年夏の写真をメールで送ってくれた。

日付のデータが消えている為
具体的にいつのものであるかは判別が出来ないが
2000年8月、初めて訪れた
大夕張駅前通付近の1ショットだ。

一歩くんや私を昔から知る方々には周知の話であるが
私も元夫も同じように大夕張が好きで
夫婦であった頃は必ずふたりで訪れていた。

離婚してお互い再婚をした今も
別々の場所で別々に大夕張を愛し
想いを強く寄せている。

そして大夕張は一歩くんと私という夫婦にとっても
かけがえのない場所となった。

今では一歩くんのほうが
『ふるさと大夕張』のヘビーユーザーなのかもしれない。


さて、そんな私が
『愛知在住非県民』初?過去の話
過去の夫とコラボレートしたのには大きな理由がある。

夏に行こうとしていた大夕張は
今の私達にとっては状況的に”遠い話”となってしまったが
大夕張の話題を今、このブログから消すことはしたくはない。

ご存知のことであるとは思うが
夕張市が先日、破綻してしまった。
この先どうなってゆくのか
知識不足の私にはわからない。

石炭博物館はどうなってしまうのだろう?
夕張の人々はどうなってしまうのだろう?
そんな不安ばかりがよぎってしまう。

せめて私達が夏に行けなくても
このブログを読まれている方で
もし北海道に行く計画のある方が居れば
ぜひ、今はちょっと元気のない夕張に
あなたの元気を少しだけでも運んで貰いたい…。

そんな想いから今回
このコラボレートは実現しました。


宣言します。
大夕張、これからじゃんじゃん載せます。
私が持っている限りの
過去の写真も引っ張り出します。

夕張で食べた美味しいものの話や
キャンプ場のこともお話します。


夕張市が少しでも元気になって欲しい。
私、一歩くん、元夫
共通の願いです。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

2000年夏。
あまりにも鮮烈な大夕張との出会い。

都会で建築業に携わり
”作ること”ばかりを考えていた私には
その風景が衝撃的すぎて
未だ脳裏から離れない。

廃屋が並ぶ寂しい風景
錆付いた外灯や高い草に覆われた遊具
だけどここは何だか懐かしい匂いがする。

何でだろう?

街のあちこちを車を降りて歩いた。
まだ壊したばかりの家々の基礎の合間に
セイタカアワダチソウの黄色い花が咲いていた。

ただただ街を歩いた。

【photo by T.K】


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