つかの間の帰郷
今日これから、日帰りで横浜へ帰る。
以前ここにも書いたおじさんが
亡くなったのだ。
自分に余命宣告がつき
自ら最期の病院を決めておく
元気なうちに親戚でお食事会をする
改めて冷静だったなと思う。
自分に余命宣告が出たら
知らせて欲しいか否か
そんなことをずっと前に
一歩くんと話したことがある。
そのときの答えは
一歩くんはYesで私はわからないだった。
でも、こんなふうに準備が出来るのなら
自分の命の期限を知ることも
悪くはないような気がした。
勿論、それはおじがその事実にきちんと向き合い
きちんと努力をした結果の今だと思うけれど。
そういう道筋をつけたおじは
立派だったと思う。
一歩くんのお父さんをはじめ
私達のまわりでも何人かの人が
癌という病気で亡くなっている。
自分の死を考えるという意味では
まだまだ、せいぜい生保に入っているぐらいだけど
確実に人は死ぬ
自分や、一歩くんにそのときが来るとき
それまでどう生きるか
それからどう生きるか
人生80年だとしたら
そろそろ折り返しに来ている私達、
そういうこともそろそろ
考え始めたほうがいいような気がした。
おじとおばはとても仲がよく
またとてつもなく明るく社交的で
いくつになってもお洒落に気を遣う
とてもインパクトのある
そういう夫婦だった。
あんまりしんみりするのもがらじゃないだろうし
ましてやうちのきょうだい
(ミナカミのきょうだい+そのつれあい)は
受付や、葬儀のお手伝いという
大役を授かっている。
しっかりと、働いてこよう。
* * * * * * * *
昨日はその葬儀の打ち合わせの電話と
結婚披露パーティーの打ち合わせのメールと
それとはまた別の入籍報告で
冠婚葬祭色のえらい強い一日だった。
葬儀の話をしながらの
『乾杯の音頭をお願いしたいんだけど』メールは
とても不思議な感じで
ついでに乾杯の音頭なんて
年配者がすることじゃない~?って
つまりは自分が年配者なのか^^;と
年齢を感じてみたり。
一見正反対のことだけれど
結婚も死も人生の流れのひとつ。












