2008/06/03

5月2日 徳山湖と高倉峠 4

そうそう、櫨原の前に…

通りがかりのR417
丁度向こうに徳山会館が見えるあたりに
この船がお目見えしていた。

Img_3857

「道」のかわりの小さなカーフェリー。

多分まだ地縁のある方しか利用できない
そういう船のままだと思う。

けれども一応車のままで
門入に行けるようになったのも事実だ。

こちらもこれからどうなっていくのか
見守り続けたい。


さて、ところでこの新緑の旧徳山村で
大地と共に緑も沈んで行ったけれど

櫨原では、その生命力の強さを感じられるような
緑の息吹を目の当たりにした。

半分沈んだ木。

その木の上のほうにも
しっかりと新しい葉が顔を出しているのだ。

Img_3858 Img_0076
Img_0075 Img_0079

昨年秋、戸入へと向かう道で
水に浸かり始めた木々が
紅葉の時期でもないのにその葉の色を変え
枯れ行く姿を目の当たりにした。

勿論そうやって枯れてしまった木が
ここには沢山沈んでいて
また完全に沈まなくとも
立ち枯れのように枯れてしまった木もあるけれど

けれどもこんな風に
新しい葉をつける木もある。

驚いた。
木は生きている。

そんな息吹が何だか嬉しくて
これもまた人間の罪なはずなのに

その木にまた、元気を貰ったような
そんな気分になった。

これから先、生き延びるのは難しいのか
そうなのかもしれないけれど

このまま大きく葉を茂らせ
生き続けて欲しい…。


塚の広場にもトイレが出来上がり
その隣には看板がふたつ、並んでいた。

塚の離村記念碑はここにはなかった。

もしかしてこれは
単一的な離村記念碑の広場、に
何か…の深読み。
(単純にここではないのかもしれないけれど)

Img_3874

そんな塚にはどんどん家が増えていくような気がする。

塚も確かにその集落であった場所の
大部分は沈んだが

沈まなかった部分に徐々にまた
新しい町が出来上がってきているみたいで
ここに離村記念碑は
何だか似合わないような気もする。

門入もそうだけれど
塚もこれからどうなっていくのだろう。

その動向が気になるところです。


Img_3873

「さぁ~て、どうしようか。」
駐車場で車を停めしばし考えていた私達。

3月にはあったその先の道を塞ぐ雪は無く
…何となく行けそうな気配。

そこに現る一台の軽トラック。
迷わず林道の方へと入っていった!

「行くか!」
私達もロードスターに乗り込み
福井へと
冠山・高倉方面に突入です。

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2008/05/31

5月2日 徳山湖と高倉峠 3

私達はそれからトンネルを通り抜け
徳山会館のところでは曲がらずに
まっすぐにR417を走って行った。

本郷と山手の離村記念碑の広場
そろそろ入り口も開放され
オープンしているかもしれないと思った。

ふたつの広場は共に
藤橋から塚方面に向かっていくと
トンネルを出てすぐに
入り口がある。

同じような橋とトンネルの続くこの道
左手には湖と
ハンドルを握る一歩くんは
同じような景色に惑わされ
本郷の広場はあっという間に
通り過ぎてしまった。

山手の広場はトイレが出来上がり
前回は工事中で土の見えていた場所が
アスファルト舗装されていたけれど
入り口はそのまま
トラ色の棒で塞がれたままだった。
 

「櫨原と塚はどうだろう。」

櫨原には道に面した場所に
広場らしき場所が見当たらない。

多分道よりも山側になるのではないか
そうふたりで踏んでいたのだが
今回注意深く山側を見てみると
橋を渡り暫くしたところに
舗装された道路が出来上がっていた。

入り口はロープで塞がれて
車では入れないようになっている。

「行ってみようか。」

私達は少し離れたスペースに
車を停め、歩き出した。

山であったはずの場所を切り開き
道は出来て
本来道があった場所に湖があるのが
こうして歩いていると、よくわかる。

2年前歩いた櫨原
あの場所が劇的な変化を遂げたのが
わかる。

Img_3860 Img_3861
 

櫨原の離村記念碑と四阿は
先に出来上がっているほかの集落のそれとは
全く形の違うものだった。

Img_3862

どうしてなのか
私は調べてはいないけれど
形は違えど櫨原の四阿もまた
屋根の無いところにだけ
ベンチが設置されている。

真夏の昼、一歩くんと爆睡してしまった
門入の四阿の屋根の下が
まったくのフラットであったことは
疲れ切った私達には有難いことだったけれど

何で屋根のあるところには
ベンチが無いのだろう。

バリアフリーなのだろうか。

へんなところが気になってしまうミナカミでした。
   

Img_0065

櫨原の離村記念碑は
その面に傾斜をつけて設置されており
私たちのカメラと背丈と腕では
中々その記載面を
全体像で水平に捉えることは出来なかった。

一歩くんも私もここで
何枚もシャッターを切っているのだが
そこに刻まれた文字を画像で全て読むには
一枚で足りる写真を撮ることは出来なかった。

またここにも、神社に纏わる石も設置されていた。
櫨原は
「仁田四郎由定烏山神社」。

旧徳山村内の集落で
残すところ塚のみまだ見ていない
この"離村記念碑の広場"だが

こうやって改めてそのひとつひとつを見てみると
徳山村ではお寺さんよりも神社のほうが
より生活に密接していたのではないかと
そんな気がした。

確かに徳山村にはお寺さんはなく
かわりに説教所、道場と呼ばれる
時々お坊さんの通ってくる場所があったと
そのことはここでも随分前に触れましたが

こうして離村記念碑の広場にもまた
そのことが深く反映されているようで
興味深い。

確かに神社は"氏神様"というとおり
その土地土地の神様だったりする。

湖になったしまったけれどこれからも
この場所と、この場所にご縁のある人を
守り続けて欲しい

勝手な言い分かもしれないけれど
そう、思った。


"二礼二拍手一礼"

一歩くんといつものとおり
並んで呼吸を合わせてお参りをし

櫨原の離村記念碑を後にした。

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2008/05/29

5月2日 徳山湖と高倉峠 2

Img_0038

「おはようございます。」

入り口には警備員さんが立っている。
ここは一般車は現在のところ入ることは出来ず
徳山会館からのシャトルバスで
ここまで来ることになっている。
 
見学時間の始まりと共に
私達は足を踏み入れた。

今日の一番最初の、お客さん。

暫く歩くと程なく
石碑やダムの色々を紹介したパネル
それからなんと屋外で
いくつかの説明を動画で聞くことの出来る
モニター等が設置されていた。

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Img_3840 Img_3831
Img_3832 Img_3853

さっき遠くから見たときには
すごい勢いで落ちていた水は
近くに来ると最初はなだらかで

ゆるやかに流れた水が
その先の恐ろしいほどの高低差と急傾斜で
一気に落ちて行く。

Img_3837 Img_3827
Img_3828 Img_3829

なんというかその
ここまでくると

人間はこんな巨大なものも作れる
すごい生物なのか

それとも本来であれば
人間より上位にあるはずの自然という
例えていうなら"神の領域"に近いような
そんなところにまで手を出してしまった
愚かな生き物なのか

どちらなのかわからなくなる
そういうスケールのダムのような気がした。
 

Img_0059

管理棟の前で道は右に曲がり
私達はダム本体の上を歩き始めた。

付け替えられたR417からもよく見えた
ロックフィルダム

近くで見ると本当に
大きな石がごつごつと並んでいる。

R417からは全然見えなかった
反対側の景色は…

Img_0061

徳山湖。

この遊歩道の上
そう刻まれた石が置かれていた。 

Img_3849


とうとう徳山村は、湖になってしまったのだ。


どんなに覗き込んでみても
水面は今も水の上にある山と空を映すだけで
その下の景色をうかがい知ることは出来ない。

あの緑輝く大地の景色も
あの校舎の前になっていた野苺も
大好きな橋も

思い出の中でしか歩けない。


さっきまでの轟々と響いていた水の音が
ここではあまり聞こえず

かわりに山に戻ってきたウグイスのさえずりが
徳山村の山々にこだましていた。

鳥は空を飛ぶことが出来る。

だけど…木や緑や大地が
空を飛べないことが
今は何だか悔やまれるような気がした。


鳥達よ、せめて戻っておいで。
大地は湖になってしまったけれど

工事の終わった静かな山に
また戻っておいで。

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2008/05/26

5月2日 徳山湖と高倉峠 1

5月2日。

R417の通行止期間は確か4月30日迄、
そのことが頭にあった私達は
まずは大垣から徳山へ
そこから冠山を越えて福井へ
お墓参りも兼ねて出掛けることにした。

家を出たのは早朝
「お腹空いた」
そう思いながらもどこにも立ち寄らず
早すぎるだろうと思っていた
藤橋の道の駅はやはり営業時間前で

トイレの前に貼られた張り紙は
冠山林道は通り抜け不可。

「…どうする?」
「…高倉なら行けるかなぁ。」
「…とりあえず、行ってみる?」
「そうだね、行ってみてから考えよう。」


通い慣れた道
だけど今日はいつもと違う音。

徳山ダムが放水を始めたのだ。  

Img_3820

水しぶきを上げ
とても長い距離の急勾配を
水が落ちて行く。

ここから見るとかなり下にある
このブログでも何度も取り上げた
あのトンネルからも
今までに見たことの無い勢いで水が出る。
 
人の手で作られた新しい川に
水が流れている。

Img_3823 Img_3822

それは圧倒される風景で

せっかくだからダムも見学しようと
そううことでふたりの話は纏まった。


そこはいつも通りがかりに見てはいたけれど
今まで近づくことは出来なかった。

この場所を見学が出来るようになったのは
本当につい先日のこと。

ダムの上を確か歩くことも出来る。
その先にあるのは、どんな風景だろう。


橋の上で何枚か写真を撮り
それから一歩くんと手をつないだ。

それはふたりの愛を確かめ合うのではなく
流されないように、そんな思いだったのかもしれない。

ダムの本体の上に続く道へと
向かって行った。

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2008/05/03

峠道にて

Img_0095

岐阜から福井へと抜ける峠道にて。

この先車で通るには
2時間の雪かきを要するなんて
このときはまだ知る由もなかった。

へとへとになるまで働いて
大地からおすそ分けしてもらった
ふきのとうの天ぷら、美味しかった。

この様子はまた後日。


追伸
帰り道越前市内で気づいたのですが
アレ、まだガソリンの値段が。。。

勿論満タンにして帰りました^^;
車バイクの方
この道はお勧めできませんが
福井は今お勧めかも?しれません。

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2008/04/04

晩冬の徳山ダム 8

帰り道、一歩くんが徳山ダム本体の
水の放流される巨大な躯体の向こうに見える
あの場所に行こうと言った。

残雪残るこの時期に
果たして行けるのだろうか。

と思っていたが道は通行止ではなく
むしろ途中は除雪してあるのかもしれないくらいで
私達はさほど苦労することなく
あの閉じられたゲートの前まで辿り着いた。

以前はトンネルだった
あの吐水口を向こうに見る
ゲートの前に。

Img_0131
   

試験湛水が始まる前は水の流れていた
大きな大きな土管のような
まん丸の吐水口は半分近く埋められ
その入り口は閉じられていた。

ダム工事中の間
旧徳山村の川の流れを繋いでいたこの構造物も
今はもう役目を終えたのだろう。
   
Img_0134


古いR417鶴見の看板は
今もその道には残っている。

その先には赤白の
満水位置の看板が掲げられ
更に下流にも古そうな小さなダムがある。

Img_0138 Img_0135
Img_0142 Img_0143

とうとうその先は…通行止になってしまった。


結局私達は日が落ちるまで徳山ダムの付近を彷徨っていた。
ふたりのスニーカーはびっしょりと濡れ
体はすっかりと冷えていた。

帰り道立ち寄った藤橋の道の駅
冷え込み始めた夜空の下
温泉の外の足湯につかり
体を温めた。

夏場はあんなにいつも人がびっしりのこの足湯も
平日の冬なら誰も居ない。

そしてダウンを着込んでつかる足湯も
中々おつなものなのだと

体と一緒に心も温めてから
私達は夜道を愛知の我が家へと
車を走らせた。

Img_0150

もうすっかり、かつての徳山村は
ダムによって出来た新しい湖に
その大地のほとんどを隠してしまった。

でも、来る度にそれでも何か
色々な新しい何かが出来ている。
 
徳山ダムの付近はきっと
まだまだもっと変化を遂げるのかもしれない。

これからどんな風に、変わって行くのだろう。

また来年も、真冬の徳山に来よう。


     *     *     *     *     *     *     *

special thanks to 
MMMさん・zinzinさん・ばばしんさん

     *     *     *     *     *     *     *



【注意】
現在この場所が"公に行って良い場所か"
と言われると×なんだと思います。
 
くれぐれも行動は慎重に
自己責任でお願い申し上げます。
当方では一切の責任を負いません。

それ以前にR417は4月30日まで通行止です。
むしろ行ってはいけませんだと思います。
 

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2008/03/26

晩冬の徳山ダム2008 7

山手の四阿もまた、雪に埋もれていた。

Img_0113

この場所は一昨年の秋にはまだ
山手の橋が見えたところで

橋まで行けなくなってもその景色は
まだ湖ではなくて清流の流れる
川と、橋と、その先に続く集落跡、
穏やかな風景だった。

Img_0016
(2006年11月18日撮影)


 
近くのトイレと広場の工事は
夕暮れ間近のこの時間まで続いているみたいで
一台の車が現場から過ぎ去ってもまだ
そこには数人の人が残っていた。

私達は車を停め、歩き出した。


山手の四阿にも石碑だけではなくて
神社の石碑が建っていた。

「山道神社加茂神社鎮守碑」、
これはもしかして一昨年の夏
背高く生い茂る草の間から顔を出していた
今は水没した山手の神社跡に
そのまま残っていたものなのだろうか。

Img_0120   
Img_0114

Img_0652
(2006年8月5日撮影 よく見ると石碑が建っています。)


山手の離村記念碑は
なぜか一部ゴシック体が使われていて
何だか新しいような
不思議なような気もした。

旧徳山村内の新しい離村記念碑は
その形そのものは全く同じではあるけれど
書体が違うということはひとつひとつの集落ごとに
個性を出そうとしてるのだろうか
 
それともこれから長い長い時が流れても
刻まれた文字が読みやすいという意味での
ゴシック体なのだろうか。

へんなところに気が行ってしまった。
   
ところで、この石碑に刻まれた本文は
今迄見たどこの集落の石碑よりも私は好きだ。

あるときまでありきたりだった
日常の山手の暮らしが
本当はその場所を知らないはずの私にまで
脳裏に蘇ってくるような

真っ赤な夕日が似合うような
そんな憧景を感じさせる
涙の出るような言霊。

もし、これから先
徳山ダムに行く機会があったら
ぜひちょっと足を伸ばして
もしくはちょっと寄り道をして
ここに刻まれた文を見て欲しい

そんな気がします。

Img_0117


確かに旧徳山村は今、
門入と塚の一部を残して
水の底に沈んでしまいました。

景色も環境も様変わりし
そこにあった筈の山里の風景は
ほとんどがなくなってしまいました。

けれどもそこにあった暮らしは
現代で暮らす私達には
ものすごく学ぶべきことが多いのではないか

山手の石碑にそんなことを感じた
今はもうすぐ日が沈む。

元々は冬の徳山ダムだから
そんなに訪問に時間は掛からないだろうと
タカをくくって午後から来た私達なのに

気がつけばもう2時間も
徳山ダムのまわりで過ごしていた。

さぁ、そろそろ急ごう
カラスが鳴く前に
日が沈む前に
帰ろう。

     *     *     *     *     *     *     *

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2008/03/18

晩冬の徳山ダム2008 6

Img_0111
(※上写真は帰りがけに撮影)
 
山手の四阿の近くには
公衆トイレと
何か工事中の広場が出来てるのだが
いかんせんその場所には
人が居てまだ工事をしている。

日が西に傾きかけているR417
私達はまずその先に行くことにした。

水没前は山手の橋が見えた
櫨原義徳隧道のあたり

この先に櫨原があり塚があり
その先にももう
四阿のある広場が出来上がっているのかを
確かめに。


残念ながらまだ櫨原と塚には
エメラルドグリーンのあの屋根を
確認することは出来なかった。

けれども塚白椿隧道の出口の広場も
何やら工事が進んでおり
ここにも公衆トイレが建っていた。

ここにももしかしてもうすぐ
四阿と石碑がお目見えするのかもしれない。
  
  
付替えられた林道に接続する道は
除雪されることなく
広場の終わりのところで雪に埋もれている。

昨年冬この場所を訪れたときよりも
今年の冬は除雪範囲が手前迄、
ということになる。

昨年は真冬でもひっきりなしに
ダンプが動いていた。
今年の冬はそこまで工事をしていなかった
ということなのだろうか。


それでも付替え前の道
今現状では多分工事車両専用の
元の河原のほうへと向かって行く
横川ダムの残土を捨てるための道は
どうやら除雪されているようだった。

誰も居ないので車を停め
とりあえず除雪されている道を
歩いてみることにした。

そこには、驚きの光景というか
考えてみれば当たり前の
景色が広がっていた。


Img_0104

川が、凍っているのだ。
昨年の冬、それも真冬に
確か流れていた川が。

ここが今、川かというと
きちんと地図で例えばダムの計画図を
見て判断しないことには
何ともいえない場所なのかもしれない。

確かに、その凍った川のような場所には
木々が途中まで水没しているのが見える。
 
つまりそこは湖なのかもしれないけれど

凍っている。
閉じられたゲートの向こうに続く旧道は
もしかしてすぐそこで途切れているのかもしれない。

その道の向こうはどんな光景なのか
川のような湖畔はどうなのか
見てみたいけれど私達は
そのまま車へと戻ることにした。

寒さでカメラのバッテリーの消耗が早く
この頃にはもう電池切れのサインが
ディスプレイには表示されていた。
 
Img_0106
   
   
そういえば、門入の先の道はどうなっているのだろう。
勿論今、ホハレの道は雪に埋もれて
歩くことは不可能に近いけれど

その先の門入の先
湖と川の境目になる部分はやはり
流れが急になくなり水が滞留して

もしかして同じように
川が凍りついているのかもしれない。

そんな気がした。


「川が凍る」
私が今迄その現象を見たのは
北海道は大夕張の
白銀橋付近のシューパロ川
その一度きりしかない。

あのとき、川が凍るなんて
さすがは北海道と思ったのだが
考えてみれば白銀橋の先には
先にダム湖となったシューパロ湖があり
果たして、北海道では
川が凍るのが当たり前なのか
それとも湖に繋がるそばの川の流れだから
流れも穏やかで川が凍るのか
どっちなのだろう?と考えてみる。

そういえば、『北の国から』の初代の家では
真冬でも沢の水は凍らず
塩ビ管で家まで水を通していた。

勿論それはドラマだけど
決して北海道だから川が凍る、ということは
無いのではないのだろうか。


話が脱線したが

昨年1月は川の流れが聞こえていたこの場所
今年は凍っているということはやはり

この場所は既に川ではなく
もしかして湖なのかもしれない。

もっとも、普段はここに一般車両や
一般人が入れる訳ではなく
付替えられたもう少し高いところにある
新しい道をもう少し先まで通る訳だから
この辺りの水面の風景を
他のシーズンに確かめる由もなく
今の私には何とも言い難い。

けれども昨年は聞こえた水の音が
今年の冬は聞こえない訳で

工事車両がひっきりなしに動いてはいるものの
まだ穏やかだったあの日々と
今とここは環境的には大きく変わったのだと
改めて感じることとなった。
 
 
Img_0110
 
塚の広場の向こう側にある
離村後に建てられただろう家々のある一角は
全く除雪されることなく深い雪に埋もれている。

けれどもその中には
見たこともない新しい家が建っていることに
私達は気づく。

昨年門入でも同じ体験をしたけれど
門入と塚の大きな違いは
門入にはない『道』が
ここにはある訳で

真新しく快適な国道のある塚では
きっと新しい家も建設しやすい面もあるのだろう
門入よりも家の数は
今では多いような気がする。


これから先塚は
もしかしてダムサイトの町として
復活を遂げるのかもしれない。
 
春になればまた人は戻り
その場所で人は暮らし
時に宴を開き

そんな希望を通りがかりの旅人にも
それは感じさせる風景だった。
 

そろそろいい時間
戻ることにしよう。

山の谷間のダムのほとりの
夕暮れは刻一刻と近づいていた。

     *     *     *     *     *     *     *

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2008/03/17

晩冬の徳山ダム2008 5

「ねぇ、山手の四阿にも行ってみようよ。」

昨年秋、確かあの場所は
以前山手の橋が見えた場所
新しく付け替えられたR417の道沿いに
もうひとつエメラルドグリーンの屋根が見えた。

「そうだね、もう出来てるかもしれないね。」

Img_0127

いつもなら決して車通りの少ない訳ではない
この橋も今日はしんとしている。

誰も居ない橋をゆっくりと渡り
真っ暗のトンネルをゆっくりと走る。


それを見つけたのは記憶違いだろうか、
本郷カンタク隧道のそばだった。

「あれ、ここだったっけ?」

車を停めて歩き出すと
その向こうには確かに同じ四阿。

Img_0101

そしてあの石碑の他にも
何やらもうひとつ…

「あ、これ徳山小学校の隣にあった神社だね。」
そう、ここは本郷の広場だった。

同じような造りの付替道のトンネル
同じような立地に
どうやら山手と本郷を混同していたみたいだ。

Img_0093


Img_0102 Img_0103
Img_0099 Img_0090
Img_0089 Img_0092

"郷社白山神社跡宮"には
由来と歴史を刻んだ石碑の他に
徳山村小学校関連の石碑も設置されていた。

あのグランドの隅に
付替道開通前日までそのままだった
"和春先生の碑"もここに移築されていた。

なんだかほっとしたような
嬉しい気持ちになった。

2006年晩夏の旧徳山村・本郷は
ふるさとの碑がなくなり
その隣の碑もなくなり、といった状況で
その中で最後までこの碑は残っていたから…。

もしかしてそのまま沈めてしまうのか?
内心案じていた。


階段の脇には湧水があり
私達は手を洗い口を漱ぎ清め
お参りをした。

しんとした中に絶え間なく響く
湧水の音が印象的だった。
   
  
Img_0094 Img_0097
Img_0095 Img_0096

本郷は旧徳山村の中心地で
その石碑の地図には役場や農協、郵便局などの
位置も刻まれている。

世帯数が多く地図と世帯主名は
別の石碑に刻まれている。

門入や下開田のような
屋号の表記は見当たらない。

裏面(といって良いのだろうか)は
本郷集落略史と年表だった。
 

ところで気のせいだろうか。
こんなに徳山村は
風の強い場所だったのだろうか
時折冷たい風が吹き付けて
足元がずぶぬれの私達の体温は
更に奪われる。

今迄たまたま穏やかな日にばかり
徳山村に来ていたのか

それとも大きな湖畔となり
遮るものがなくなったから
こんな突風が吹くようになったのか

それはわからないけれど

10台以上は停められそうな
駐車スペースの向こうには
遊歩道が続いているのが見えたのだが
さすがにここまでは私達も
あまりの寒さに進む勇気が湧かず
自分達の足跡を辿って
元来た道を戻ることにした。

Img_0098

また今度、きちんとこの場所がオープンしてから
この先に進むとしよう。
   

ちなみに案外この場所は積雪も多くて
私達はすっ転びながら歩いていたことを
付け加えておきます。

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現在この場所が"公に行って良い場所か"
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2008/03/14

晩冬の徳山ダム2008 4

Img_0067
   
「あそこに行ってみたい。」

一歩くんが指差す先に見える場所は
すぐ目と鼻の先にはあるけれど
簡単には行けない場所だった。

戸惑いながら雪の残る上り坂を
黙々と歩いて行く。

サクッ、サクッと雪を踏みしめる音が
静寂のダムサイトに響く。

階段に至っては
果たして何処が階段なのか
深い雪に足を取られるばかりで
上るのに往生した。

下から見えていたのは
戸入・門入にも既に出来上がっていた
エメラルドグリーンの屋根の四阿と
この石碑だった。

Img_0075

春日神社。
そしてもうひとつ真新しい石碑が。

Img_0071

「漆原村字絵図…。」
よく見ると石碑に彫られた文章の最後には
"漆原村(下開田区)"と刻まれていた。

下開田の石碑だったのか…。
 
"愛惜の情を刻み"という文言に
改めてどきっとする。
 

戸入門入と同じ形の
下開田の離村記念碑

きっと他の集落の離村記念碑も
同じ形のものであるのだろう。

しかしそこに刻まれた文言や地図は
ひとつひとつが違うもの。

本郷・山手・櫨原・塚の石碑には
どんなことばが刻まれているのだろう。

誰がそのことばを考えたのだろう。

漆原村とあえて旧地名で表記された
下開田の石碑を眺めながらふと
そんなことが頭によぎった。
 

ところで、この下開田の四阿の広場には
他にもこんな石碑が積雪の中顔を出している。

Img_0070

真新しい石仏には
お賽銭が既に何枚も載せられて

Img_0076

この石碑は以前
本郷の白山神社の向かいの広場にあった
"ふるさとの碑"の隣にあったものだと
後日mixiの某コミュの皆様のお陰でわかった。

それもまた2000年頃にはその場所にはなく
元々は下開田の何処かに
長いこと建てられていたのだろうと思われる。

いつ頃のものなのだろう。
どういった経緯で建立されたものなのだろう。
何処に建っていたのだろう。

Img_0078

それは今の私には知る由もなく
これから先、近い未来に
この真新しい四阿で

目の前に見える大きな湖を眺めていたら
いつかわかることなのかもしれない。


工事関係者が目の前を通ったが
そのまま黙って通り過ぎて行った。

黒くてつるつるとした石碑には
そこに佇む私達の姿が写り込んでいた。

まだ残る白い積雪の上に
大きな大きな湖を背に。

Img_0072 Img_0073
Img_0074 Img_0077

     *     *     *     *     *     *     *     *     *     *

【注意】
現在この場所が"公に行って良い場所か"
と言われると×なんだと思います。
 
くれぐれも行動は慎重に
自己責任でお願い申し上げます。
当方では一切の責任を負いません。

それ以前にR417は4月30日まで通行止です。
むしろ行ってはいけませんだと思います。
 

【画像はクリックで拡大します】

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2008/03/07

晩冬の徳山ダム2008 3

冬季閉館中の徳山会館前は
降り積もった雪の上にいくつかの足跡を残し
私達もその足跡を辿って
湖を眺める広場の方へと歩を進める。

日差しは小春めいているけれど
時折冷たい風が強く吹きつけ
私達はダウンジャケットのジッパーを
しっかりと首元まで上げる。

日の当たり加減なのか風の吹き具合か
積雪の深さはばらつきがあり
先に来た数人の足跡は
大地にそのまま届いている訳ではないみたいで
私達は足跡を辿っているはずなのに
時々足をその高さよりも深く沈める。

やっとの思いで湖岸に一番近い
柵のある場所まで辿り着く。
 
ジーンズの裾は濡れ
スニーカーの中にまで雪が入っている。


Img_0057

目の前にあるのは巨大な湖。
もう"巨大"ということばで修飾出来るほどの
大きな大きな、湖。

あの山の奥まで道は続いていた。
橋が架かっていたのはどこ?

あまりにも湖面が近づきすぎて
今迄ははっきりと描けたはずの
はるか下の湖底の風景が
頭の中で揺らぐ。

校舎があったところには確か
上の方に杉の木が数本並んで生えていて…

Img_0012
(参考 2006年11月18日撮影)


Img_0062

湖面に2本並んで顔を出す、あの木だろうか。
(画面では水面の左側)

よく見ると2本並んだ杉の木は
その葉を赤く染めている。

目印になるだろうと思っていた木よりも
まだまだ水は入るみたいで

この先は山の形でしか
その下に広がっていた村の景色を
私には判断出来なくなってしまうのだろう。


眼下には船着場の浮き桟橋が見える。
小さな真新しい小屋のシャッターには
乗船に関する注意事項が書かれている。

Img_0063 Img_0065


あの夏歩き回った風景は遥か遠く
懐かしいものへとものすごいスピードで
変化しているみたいで

今は夢の中でしか描けない2年前と
目の前の現実が
あまりにも違いすぎて

目の前のものが逆に現実でないような
不思議な心地に

穏やかな日差しの中で
吹き付ける強風の中で
私はそんな感覚に陥り始めた。

2年前の景色と私は今
全く違う場所に居るような

何となく想像の出来なかった
現在の風景。

でも目の前にあるのは
確かに同じ場所で
今は巨大な湖。


Img_0053
 
満水位置を示す看板に
湖面はまた一段と近づいた。

昨年秋辿った戸入へ続いていたあの道も
鏡のないカーブミラーも
随分と湖の下へと沈んでしまったことだろう。
 
 
Img_0064

足跡の上を辿って戻った。

【画像はクリックで拡大します】

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2008/03/06

晩冬の徳山ダム2008 2

Img_0033

藤橋城そばの冬季通行止のゲート
今年も開け放してある。

ナビにも通行止の情報は出てこない。
雪も少ない。

そのまま車でゆっくりと入っていく。
車の通りは相変わらずない。

ダム本体への分かれ道には
警備員のおじさんが居る。
小規模ながらこの冬も
ここでは工事をしているのだろう。


Img_0038

そのすぐ先のトンネルに入って驚いた。
ここから先は工事をしていないということなのだろうか
トンネルの照明が消えている。

長いトンネルは灯りがなくなると
その長さを更に増したように感じる。

車のライトがなければ真っ暗闇の空間
この先のトンネルは全て
このような状態になっていた。

そしてトンネルを出ると
その先の風景に
一歩くんとふたりもっと驚いた。
   
  
Img_0042

湖面が随分と上がっている。

考えてみれば前回徳山ダムを見たのは
昨年の11月。

あれから3ヶ月
水は溜め続けているのだから
水位はどんどん上がる。

でも見る度にとても複雑な思いになる。
だから私は…もしかして
あまりギャップを感じないように
間をあまり開けずに
徳山ダムに来ていたのかもしれない。

そんな気がした。
 
 
Img_0049

一昨年来たときには
深い谷の上にあったこの道も
いつの間にか湖面の脇の道

その深い谷の下に
徳山村があった。

初めて見る風景が
この湖の風景ならば
その湖底にあった徳山村の風景を
きっと全く想像がつかないことだろう。

Img_0021
(2006年5月4日 現在の徳山会館の先の路上より中心部を望む)

【画像はクリックで拡大します】

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2008/03/05

晩冬の徳山ダム2008 1

2008年3月4日 旧徳山村へと出掛けた。

例年なら1月に訪れる冬の徳山村。
今年は色々と忙しくしている間に
あっという間に3月になってしまった。

晴れ渡る景色の向こう
私達の向かう先の山は白く
昼下がりの旧藤橋村で
車の温度計で外気温を見ると4℃。


奥いび湖はまだまだ工事をしているみたいで
今迄に見たことのないくらいに水位を下げている。

またひとつ"湖底の躯体"を見つけた。
今度は親よりもずっと下流
いつも渡る真っ赤な橋の近く。

Img_0019_2

「何だろ、あれ。」
「トンネルかな。」
「昔の、だよね。」
「多分。」

「これはつり橋ももっと顔を出しているかもね。」

つり橋とは親のつり橋の橋脚。
もう50年近く前にダム建設により離村した
親という集落の離村記念碑のそば
橋脚の一部が顔を出しているのを
丁度昨年の冬に見つけた。


車を進めるとそこはいつしか
白い世界となっていた。

道の除雪こそされているものの
道の脇には雪の山が残り
山にも水位の低い湖の底にも
雪は積もっている。

ほんの少しの距離、標高、方角の違い。
それだけの差で景色は変わる。

親のつり橋は…

 
Img_0023

「あ、すごい土台まで顔を出してる。」

つり橋の片側の橋脚は
ほぼその全貌をあらわにして
川のようになった湖に
昔の形のままに建っていた。

Img_0026

反対側の橋脚は残念ながら
湖の水位が下がっても
堆積した土砂を取り除くための
湖の中の道に埋もれたままで
見ることは出来ないけれど。。。

Img_0028 Img_0029


それにしても今日のこの辺りは
車通りが全くない。

冬だし工事もしていないということなのだろうか。

もう去年までの冬とは違い
静かな時間が流れているということなのだろうか。

私はここぞとばかりに
道路の真ん中で写真を撮った。

Img_0031

【画像はクリックで拡大します】

     *     *     *     *     *     *     *     *     *     *

本文とは全く関係のないことですが
今日、川崎時代に大変お世話になった人が亡くなりました。

本当に急死だったみたいで
年齢もまだ若く
まだ信じられませんというか
信じたくありません。。。

Sさん、今迄本当にお世話になりました。
本当にありがとうございました。

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2007/11/23

秋の揖斐路 おじさんを探して 3

Img_0061

真っ赤な夕日が真っ赤な紅葉を照らし
山は赤々と燃える。

R303を左に折れR417を進んで行く。

徳山のダム湖は夕暮れを向かえ
こうして走っているうちに
辺りが暗くなるのが良くわかる。

コンパクトカメラは勝手にフラッシュを焚き始める。

Img_0063 Img_0064
Img_0065 Img_0066

闇に包まれ始める真新しい付け替え道
ちょうど櫨原義徳隧道に入る手前
以前山手の集落が見えたところ

そこで振り返り私は気付いた。
「ね、一歩くんここにも四阿が出来てる。」

丁度門入や戸入の四阿と同じ
ブルーグリーンの真新しい四阿

集落ごとに離村記念碑が出来
そこに同じ四阿が建てられる。
その話も随分と進んできたみたいだ。

Img_0053_2 Img_0085
(参考 左:門入の四阿 右:戸入の四阿)

「あれは、山手のになるのだろうね。」
「そうだね、きっと。ここから山手見えたし。」

残念ながら急ぐ道中、写真を撮ることは出来なかった。
「帰りに寄ろうか。」


その後探してみても
おじさんの手掛かりを掴むことが出来なかった。

あの峠でお会いしたときのそのヒント
らしきところまでは行けたのだが
いかんせんそこに人は誰もいなかった。

Img_0068
   
ロードスターでは行けないダートの道
月明かりに照らされて私達はふたりきり
足元に気をつけながらとぼとぼと歩く。

ライターに火をつけ
その明かりでメモ帳に手紙を書く。

  10月×日ホハレ峠でお会いしたものです。
    その節はほんとうにありがとうございました。
    地元、三河のお酒です。
   
     愛知県 水上一歩・みなみ

一升瓶の入った袋にメモを差し込むと
私達はその場所へとお酒を置いて行った。


あのおじさんに届くだろうか。
届くと、いいな。

またお会いできたらいいな。


Img_0070

帰り道は真っ暗で
もうここに迷い込んでくる車も居ない。

帰り道山手の四阿を注意深く探してみたけれど
闇に包まれブルーグリーンの屋根は見えず
また、入り口も皆塞がれていて
見つけることは出来なかった。

まだ工事中なのかもしれない。

湖に掛かる真新しい橋を渡る頃には
随分と気温も冷え込んでいて
私達はそのまま停まる事なく家路へと着いた。

Img_0071

   
山手が見えた場所のブルーグリーンの屋根
次に来るときには
雪が積もって真っ白になっているのかもしれない。

白銀の徳山村
今は凍らない巨大な湖が出来たけれど
また来年も見に来よう。

 
そういえば思い出した。
2年前雪の降る徳山小学校前

実は私達、あそこで
あのおじさん達とすれ違っていたのかもしれない。

Img_0003

【photos by minami minakami】
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2007/11/22

秋の揖斐路 おじさんを探して 2

Img_0046

登るにつれ山の色は深く
艶やかになって行く。

ダートの道を慎重に
ロードスターは上がっていく。

ホハレ峠はもうすぐ。

Img_0047

向こうの山の尾根の木々はすっかり葉を落とし
枝のシルエットが空のスクリーンに
繊細に照らし出されている。

ここ、ホハレ峠の秋も
もうすぐ終わるのだろう。



Img_0050

お地蔵さんには変わらず
真新しい花が活けてあり
周りは綺麗に掃除されている。

私はお財布からお賽銭を取り出し
いつものように供える。

いつものように旅の安全の祈願
でも今回は門入ではなくて
行き先は広州

一歩くんの安全祈願だ。

「無事に行って、帰ってきますように。」

そんなことを祈っていることを知ってか知らずか
一歩くんも隣で何か長いこと祈っていた。

顔を上げると
空気が澄んでいるのがよくわかった。

 
「少し、歩いてみようか。」

私達は門入へ行く道ではなく
かつて山から木を切り出したという
道を歩き始める。

この道は行き止まりになることを
初めてこの峠を越えた夏
道中で出会ったご夫婦にお伺いしていたけれど
一度歩いてみたかった。
 
歩を進めるごとに
サクッ、サクッと枯葉の音がする。

ほんの少しの距離の差で
驚くほど秋は更に終わりへと近づく。

Img_0051 Img_0056
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次にここを訪れるのは来年の春で
それまでこれから先この峠も
長い冬、そして雪に閉ざされるのだろう。

心なしか今日は停まっている車も多いような気がする。
門入では冬支度をしているのかもしれない。

そんな気がした。
 

Img_0058

ところで例のおじさんの車は峠には無かった。
「ということは、向こうかもしれないね。」

私達はもう一度車に乗り
出来るだけ急いで峠を降りて行った。

既に時刻は15:30。
秋の山の夕暮れはすぐそこに迫っていた。

Img_0059


     *     *     *     *     *     *     *     *

【おまけ】
本当にロードスターで上がった証拠写真^^;
 ↓
Img_0060

【photos by minami minakami】
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2007/11/18

秋の揖斐路 おじさんを探して 1

11月17日 土曜日

いつもの通い慣れた道
揖斐川町の役場を越えてしばらく走ると
いつの間にか紅葉が目の前に迫っていた。

Img_0035

寝坊して出掛けたのは昼過ぎだから
車を停めずにそれでも私は写真を撮り
一歩くんがハンドルを握る。

分かれ道を左に折れ
国道303号線を走っていく。

横山ダムの看板のある山の下で
もう一度道は90度折れ曲がる。

ここはダムの施設の上に国道が走っている。

Img_0037

屋根を全開したロードスター
気温が下がってきているのがわかる。

さっき通ってきた道の
気温を示す看板は9℃
きっと今はもう少し冷え込んでいるのだろう。


今日の目的は第一に
前回ホハレ峠でお会いしたあのおじさんに会うこと。

考えてみれば名前や連絡先のひとつもお伺いせず
他の話で盛り上がって終わってしまった。

まずはホハレ峠に行って
おじさんの車が停まっていないか
見に行ってみることにした。
 
 
Img_0039

前を行くのは坂内川上行きのバス。

「一日に何本走ってるのかな。」
「多分…本当に何本かかもしれないね。」

終点のバス停まで一緒に走った。

ホハレ峠への道の分岐で
地元の子供とすれ違い
屋根を明けたロードスターに
「うわぁ~かっこいいね」と言われたのが
少々気恥ずかしかった。

だって、この先の道を
ロードスターで行こうとしてるのですよ。

車高こそ下げていないけれど
ロードスターって元々シャコタン…^^;


早速アスファルトのえぐれた穴。
路面状況を読みながら車を走らせる。

この先にダートがあることもわかっていて
それでもこの車で入っていくくせに
車は傷つけたくないという矛盾。

Img_0044_2
 
ゆっくりと坂道を上がっていくと
だんだん秋の色が深くなっていくのがわかる。

狭い崖の上の道
道幅をぎりぎりまで使って
落石を避けて行くのは少しだけ怖かったけれど
それよりも私は回りの景色に釘付けだった。

Img_0043_2

あ、一歩くんはよそ見しちゃだめだってば(笑)。

【photos by minami minakami】
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2007/10/28

戸入・門入2007秋 10

さて、私には最大の難関
あの山道をホハレ峠まで上る帰り道。

門入の景色をもう一度確かめて
荷物を背負い一歩一歩歩き始める。

それでもきっとまた
私はここまで歩いてこようと心に誓いながら。


Img_3028

行きと変わらぬ大きな荷物を背負い
凛々しくMMMさんが先頭を歩いて行く。

私以外は皆10kg級の荷物を背負い
…なはずなのに
何故かというよりもやはり
飛びぬけて軽い荷物(6kg)の私が
早くも遅れ気味。

息がゼェハァし始める。
そんな私を一歩くんが察知し
間髪居れずMMMさんが
「ここらで休憩しましょうか?」
と早めの休憩を入れてくれる。

スンマセン。
行く前から散々宣言していましたが
どうしても上り坂…駄目なんですね。。。<(_ _)>

「先に行ってもいいですよ。」
私は恐縮して何度も繰り返すけれど
そんな私を置いていく事無く
さりげなく気遣いながら皆様は歩いて下さる。

ありがたや~~~。

Img_3027

自然の中の美しい造形に足を止め
時に写真を撮り

この空間を愛しむように
そして私がついていけなくなると
また休みを入れて足を止め
ゆっくりとゆっくりと
ホハレ峠への道を上って行く。

来年もまた、こんな風に
この場所を歩ければいいな…。

おっと、私はこんな風にじゃなくて
「もっと体力つけて」か。。。^^;

298506366_66 Img_3030
Img_3031 Img_3032
298506366_52 Img_3034
   
道中何人かの峠へ向かう方々にもお会いした。
皆様とても速く、また地下足袋姿の方も居て
私はただただ「かっこいいなぁ~~~」と
羨望の眼差しであっという間に消える背中を見るばかり。

皆様門入にご縁のある方なのだろう
その装備や着こなしもまたものすごく玄人で
私はヘロヘロになって足を止めながら
「おぉ~~っ!」と思うばかりだった。
(ぜぇはぁしているので話す余裕がありませんでして…^^;)

そうして途中昼食を挟みながら
どれだけ休んだだろう(笑)
そろそろゴールも近づいて来た。
 
Img_3039 Img_3041

…と、ここで私はある意味緊張の場面。
一番最後をヨロヨロと歩いていた私は
最後の崖登りも一番最後。

上では3人がカメラを構えている。
前回ここで鬼の形相をカメラに収められた私は
思わず必死で笑い顔を作り始める。

「いや~鬼の形相は撮らせない。」
私がそう言うと一歩くんは崖の上で大爆笑。

一番最後の一番体力がないときなハズなのに
崖を登る私の写真は全て(?)笑顔で
かえって滑稽かもしれない…。^^;

Img_3043

ということで私もゴール。
皆様ほんとうにありがとうございました。<(_ _)>

…でも、やっぱり前回は本当に体調不良だったのかな。
今回はそれでも最後に笑顔が作れるぐらいの
体力が残っておりました。

そしてやり遂げた達成感。

ホハレ峠のお地蔵さんにお参りする。
「無事に行って帰って来れました。」

一歩くんが5円玉を
まるでルーレットでチップをベットするように
積み上げてお地蔵さんにお供えしたので
何だか笑えた。

「あのさぁ…^^;」


そうして車へと戻る間に
もうホハレ峠に近いところでお会いした
地下足袋のおじさまにもう一度お会いした。

ご挨拶をするとおじさまのほうから
色々と話しかけて下さった。
徳山村ご出身の方で毎週ここに来ているとのこと
私達が歩いて戸入まで行ったことをお話しすると
「そりゃ~大変だったなぁ。」と
おじさまが更に山の中を歩いて歩いて収穫した
秋の貴重な味覚をおすそ分けして下さった。

「えぇ~~~っ!!ありがとうございます!!!」

そしてクーラーボックスの中から缶ビールを出して
「車運転する人は駄目だから。」
と笑いながら私達に下さった。

さて、ここでミナカミ一家は大騒動です。
車を出しているだけにどちらかは飲めません。

"飲む権利"を賭けた一大ジャンケン…^^;


…負けました。(T_T)/~~~


「乾杯!」

山を歩いて歩いて歩いた後の
峠での一杯はとても美味しそうだ。

でも私はそこで飲みたい気持ちをぐっと堪えて
戴いた秋の味覚の芳醇な香りを楽しみながら
ひとり別の幸せな気持ちに…なってみた。^^;

そうだよ、家に帰ればこれを食べながら
至福の一杯が待っている…♪

それに今回はほんとうに皆様に助けて戴いて
こうしてやり遂げられることが出来たのだから
せめてここから先解散地まで
責任を持ってお送りさせていただきます。<(_ _)>

それから次々と峠を上がってくる
徳山村の素敵で屈強なおじさま達と沢山おしゃべりをして
またここでも楽しい時間を過ごすことが出来た。

そう毎回、それはまだ雪の残る徳山小学校で
初めて徳山村であの先生とお話をしたときから毎回
いつも思うことがある。

お会いする方皆様
とても笑顔が素敵で暖かな方ばかりで。

いつもほんとうにありがとうございます。<(_ _)>


その後道の駅ほしのふる里藤橋の温泉で汗を流し
隣のおそばやさんでそばをかき込んで
街に帰り着く頃には既に辺りも暗くなり
あちこちに外灯が輝いていた。

家に辿り着くと私は早速を料理して
この1泊2日で歩いて見た景色や
お会いした沢山の人のことを思い出しながら
至福のビールをジョッキへと注いだ。

御裾分け戴いたお品はびっくりするほどに美味しかった。
改めまして本当にありがとうございました。<(_ _)>

冗談抜きで目玉が飛び出そうなくらいに美味しかったです。
 
 
Img_0105

    *     *     *     *     *     *     *     *     *

この記録はあくまでも私個人の旅の記録であり
ホハレ峠越えを推奨するものではありません。
(むしろお勧め出来ません)
また道中は崖崩れ箇所もあり非常に危険です。
くれぐれも行動は慎重に!!自己責任でお願いします。

     *     *     *     *     *     *     *     *     *

Special thanks to

HEYANEKOさん、MMMさん、一歩くん
zinzinさん、ばばしんさん(ご心配お掛けしました)
そしてこの旅でお会いした全ての方々に。

ありがとうございました。<(_ _)>

     *     *     *     *     *     *     *     *     *

尚、3枚目と7枚目の画像はMMMさんにお借りいたしました。
MMMさん、ありがとうございます。

また、今回の旅につきましては
HEYANEKOさんもHPにてレポートをUPされる模様です。
(11月1日第一弾UP予定とお伺いしております)
私も楽しみにしております。

【photos by MMM , ippo&minami minakami】
画像はクリックでだいたい拡大します(笑)

 
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2007/10/27

戸入・門入2007秋 9

10月7日日曜日、朝7時起床。

ぐっすり眠って心地良い目覚めではあったけれど
案の定既に脚は筋肉痛。

空は曇っている。
少し靄がかっていて
私は雨が降らなければいいなと思う。

筋肉痛で帰りの上り坂の山道
足場が悪いと滑り落ちそう…^^;

早々に荷物だけはまとめて
ランタンやヘッドランプを片付ける。

山村の朝の空気はとても美味しい。

のんびりと朝御飯を食べていると
一台のトラックが通っていった。
山の朝は早い。

私達も門入の中をのんびりと散策することにしてみた。
 
  
Img_3011


昨年もお花を供えてお参りした
橋のそばのあのお地蔵さん

今年もお花をお供えした。

真新しい涎掛け
そういえば昨年も真っ白な涎掛け
真夏の眩しい日差しに照らされて輝いていたのを思い出す。

昨年は門入へ繋がる道がなくなるということで
果たしてこのお地蔵さんもどうなってしまうのだろうと
少々案じていたけれど
あれから一年経ち、「道」がなくなっても
こうして同じように真新しい涎掛けを掛け
とても綺麗にされているお地蔵さん
何だかものすごく嬉しくなる。

門入大橋から覗き込む
西谷川の澄んだ流れ

あぁ、門入は変わらない…。
 
Img_3012 Img_3013
Img_3014 Img_3015

 
また、この日は3連休の中日。
私達がこうして門入を歩いている間に
まだまだホハレ峠を越えて門入へとやって来る方々が居た。

お会いしてお話をすることが出来た。
とても興味深く、また楽しい時間を過ごすことが出来た。

そして皆様到着すると
まずはビールをぐいっとやるのが
すごくわかる~~~

「旨い酒の為に頑張って峠を越える」

ハイ、その気持ち、私もものすごぉーく同感です。^^;



Img_3025 Img_3024

門入は旧徳山村の中でも一番の山奥でありながら
比較的その土地は平坦で
視界が開けこんな風に石積みが広がるところもある。

後からHEYANEKOさんに聞いた話だが
門入ではかつて稲作も行っていたという。

妙に納得する。

門入に稲穂が輝く風景を
心の中で想像するのは容易でぴたりとはまる。

旧徳山村内で唯一水没しない運命となった門入に
閉村後も人が暮らし、今もこうして人が暮らす理由は
何となくわかるような気がする。

こうして道が無くなった、今も。

298397451_247



門入は今も昔も静かな山村で
自然の豊かなとても美しい場所

そしてこの地で暮らした方々の大切なふるさと。

どうかこれから先もこの場所が
変わらず静かな山村であることを
しがない一旅人でしかない私ではあるけれど
そんな私も心から願いたいと思う。

どうぞこれからも、この風景が続きますように。


     *     *     *     *     *     *     *     * 

8枚目の画像はHEYANEKOさんにお借りしました。
HEYANEKOさん、ありがとうございます。<(_ _)>

【photos by HEYANEKO , ippo minakami】
画像はクリックで拡大します

 

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2007/10/26

戸入・門入2007秋 8

さて、ここまで来てみたはいいけれど
帰りも門入までひたすら歩く9kmの道。

夕暮れの近づく山の中
真新しい道を門入へ向かって歩いて行くのは
既に14kmを歩いただけにちょっと気が重い?

…と思っていたけれど
所々に真新しい構造物があったりして
時々私は興味津々。。。

Img_2998

これは道路の向こう側(写真向かって右手)に沢があり
その沢の水を湖側(左手)へと流す水路なのだろう。

現在は沢よりも随分と高い位置に
この水のトンネルがある為
まだ一度も使われてはいなさそうだった。

徳山ダムから随分と山奥に入ったここにも
いつの日か近い未来に水が溜まる。
真新しい構造物を前に
それでも何故だかまだ不思議な心地がした。

それから真新しい道に設置されている電柱は
よく見ると電気だけのものだったりして
では電話線は一体どこを通って門入へ来ているのだろうと
気になったりして…。(※)
 

程なくして道は古い道へと合流し
先程の覆道まで来る頃には
川のせせらぎの音が聞こえてきた。

「ほっとしますね。」
HEYANEKOさんが言う。

確かに。
この場所には川のせせらぎがよく似合う…。
 

Img_3000

よく見ると木の上には大きなスズメバチの巣。
行きには気づかなかった。

けれども、そろそろ
スズメバチが怖いと思う前に
腿が痛いかな…^^;

「ビール、ビール、ビール…。」
辛くなり始めるとそればかりを考えて
門入への帰り道を歩いていた。

途中沢の水をペットボトルへ汲み飲んだのが
とても美味しかった。


何とか暗くなる前に、門入到着。
今日一日で約23km歩いたことになる。

こんなに歩いたのは初めて。
待ちに待ったビールがうまい。。。

夜は冷えるので河原で少しだけ焚き火をして
それぞれ持ち寄った食べ物と酒で
満天の空の下宴会をした。

Img_3006

天の川が見える
流れ星が見える
ほんのりと暖かな焚き火が心地良い。

確かに、今日戸入で見た
ダム湖の水際の風景は
沈んでしまった戸入の風景は
あまりにも衝撃的だったけれど

そんな"今"をこうして自分の足で歩いて
自分の目で確かめることが出来たのは
私にはものすごい大収穫で

そして今日こうして非力な私の分まで
荷物を背負って山を降りてくれた一歩くんや
そんな山道を的確に先導して下さったMMMさん
その先の道程をどう歩くか考えて下さったHEYANEKOさん

「行きましょう」といいだしっぺの私ですが
こうして、本当にホハレ峠を越えて
門入から戸入まで歩いて
今こうして門入で野営が出来るのは
間違いなくこうして皆様とご一緒したからこそで
 
私は充実感、達成感と共に
感謝の気持ちで一杯でもあった。

体力的なことや色々
来るまでは少々不安もあったけれど
皆様のお陰で何とかここまでやり遂げられました。<(_ _)>

あと、問題は上りが続く帰り道…^^;


シュラフに潜り込んだら
3秒先の記憶は無い。

私はものすごい勢いで眠ったに違いない。


     *     *     *     *     *     *     *     *

※門入には電気も電話も通っているそうです。
 ちなみに一般的に電話線と電気の電線の見分け方は
 地上から5mが電話線、7mが電気です。

【photos by ippo minakami】
画像はクリックで拡大します

 

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2007/10/15

戸入・門入2007秋 7

ひとしきり水際で過ごした後
水際のすぐそばに
新しい道路へと繋がるだろう仮設の道があるので
私達はそこを上がることにした。

あと少し水かさが増えたら
この仮設の道も通れなくなるのだろう。

暫く歩くと
目の前に真新しいガードレールが現れた。

 
Img_2978 
   
新しい道の法面には
一面のクローバー。
切り開いた法面に植樹されるのは大概芝生だが
クローバーが植樹されているのは初めて見た。

「寒さに強いってことなのかな。」
「そうかもしれないね。」
 
法面には秋のこの季節にもまだ
白い花が咲いている。
 
春にここに来たら
きっと壁中のお花畑なのだろう。


Img_2981
 
戸入の船着場の上にも
門入の八幡神社跡のような
石碑とあずまやが建てられていた。

あずまやは門入のものよりも若干小さいだろうか
真ん中にベンチが配されている。

石碑は湖に面する側が
表になるのだろうか。
あずまや側から見ると
戸入の家々のお名前と呼び名(?)が彫られていて
何となくこちら側が裏面のような気がする。

Img_2982 Img_2983


あずまやの脇の道を降りて
私達は船着場へ。

昨年GWには戸入分校の木を伐採し
夏に来たときはブロックを積み上げて
建設していた戸入の船着場。
 
船着場とその下の位置関係は
だいたいわかる…。

Img_2990
 
「あの山が、増山さんの写真に出てくる山ですね。」

皆思うことは同じ
"船着場から下手の橋の頭くらいは見えないか"
だったのだが

残念ながらもう
下手の橋も湖深く沈んでしまったようだった。

「あの杉の木は神社の木じゃないかな。」
その木も既に半分以上が水の中に沈んでいた。

「あそこが沢の合流部分かな。」
上手の橋があって
その脇に小さな沢が流れていたあの場所も
昨年キャンプをしたあの場所も

今は大きな湖…。

Img_2987 Img_2997

 
HEYANEKOさんとMMMさんは
船着場へと下っていく。

一歩くんは
「それでも下手の橋が見えないかな」
下手の橋がある方角へと
もう一度緩やかなスロープを上がっていく。

一歩くんが一番好きな写真は
このブログのプロフでも使用している
下手の橋前でセルフタイマーで撮った
昨年GWの戸入の写真。

広州のホテル暮らしの際にも
この写真を部屋に飾っているというだけあって
一歩くんにとって
"下手の橋"はとても思い入れの深い
特別な場所だったのだろう。

それは私も同じ。


Img_0096
 
船着場には小さな小さな浮き桟橋。
本郷からの定期船は既に運航されているが
とても小さな船だと聞いている。

何だか野崎島の今は無き
古い浮き桟橋を思い出す。

私は少しだけ嬉しくなって
小さな浮き桟橋に渡る。

その向こうに広がる湖は
既に深く深く

覗き込んで見てみても
そこに人が暮らした戸入は全く見えなかった。
 
Img_2995


     *     *     *     *     *     *     *

毎日ご覧戴いております皆様へ
突然ですがここで休載のお知らせです。
 
『戸入・門入2007秋』シリーズが始まって
1日1記事を目標としておりましたミナカミですが

本日より急遽佐世保に行ってきます。
(車でトンボ帰りの予定ですが^^;)

ということで8のUPは早くても火曜の夜
遅い場合は来週になるかもしれません。
 
マメにご覧戴いている方には
誠に申し訳ございませんが
少々お待ち下さい、ね。

【photos by ippo&minami minakami】
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2007/10/14

戸入・門入2007秋 6

295040146_160_2 
 
道の終わり、湖の始まり。

水際で一歩くんは立ち尽くす。
MMMさんはただ黙って水際に座る。
 

HEYANEKOさんはそれでも
靴を脱いで歩いてみようとしてみる。

Img_0082


"ダム湖になる"その瞬間の水は
意外にも澄んでいた。

沈んだばかりの草が
水中で葉を広げたまま枯れようとしている。
 
  
もうすぐ沈むカーブミラーは
鏡の部分が取り外されている。

さっきから見かけていた鏡の無いカーブミラー
それがある部分は全て水没するのだろう。
 
 
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Img_2976 Img_2977
297093451_219 Img_0079
   
 
静まり返る水際で
確かにここまで歩いた達成感もあるけれど

その先に果てしなく続く
湖の始まりを前に

真新しい山と空を映し出す
鏡のような水面の下に

沈んで行く大地の何もかもに

痛みを感じた。


ことばはなく
ことばでは表現できず

私の心はとても複雑な心境だった。

 
そういえば、MMMさんも
ずっとことばを失っていたような気がする…。
 

一歩くんはしきりに
戸入の下手の橋を気にしている。

このぶんでは多分、きっと…。


  
297093451_53




     *     *     *     *     *     *    

尚、今回の画像の1枚目、7枚目、9枚目は
HEYANEKOさんにお借りいたしました。

HEYANEKOさん、ありがとうございます。m(__)m

【photos by HEYANEKO,ippo&minami minakami】
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2007/10/13

戸入・門入2007秋 5

Img_0065
 
古い道の左手に
恐らく戸入の船着場まで続くだろう
新しい道が現れる。

分かれ道
私達は迷わず古い道へと進んで行く。
 
昨年あれだけ通ったはずの道なのに
使われなくなってたった1年
道は荒れ果ててアスファルトの上を
緑色のつる植物が覆う。

Img_0069

「ぎゃっ!」
前を行くHEYANEKOさんの悲鳴が聞こえる。
雑草に隠れて蛇が居るみたいだ。

ここまで歩いて来るまでに
散々蛇を見かけた私達は
足元を警戒する。

だって、マムシも見かけたし。
 
 
 
Img_0066_2

秋色染まり始める戸入へと続く谷

…ではなくて
水に浸かった木々が枯れて
葉の色を変えたみたいだ。

Img_0075 Img_2966
Img_0072 Img_2968
Img_2970 Img_2972

私達が歩いているのは既に"ダム湖の中"。
湖が大きくなり目前に迫ってくる。

「あ、もう向こうに道はありませんね。」


Img_0077

戸入への道が途切れた。

門入から約6km
戸入まであと約3kmという地点だった。

景色はもう戸入なのに
…ここから先へは、行けない。

【photos by ippo&minami minakami】
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2007/10/12

戸入・門入2007秋 4

Img_0058
 
満水の位置を示す看板が
目の前に見える。

まだまだきっとこのあたりにも
水は入ってくるのだろう。

Img_0061 


さっきと同じ空気を吸っているはずなのに
空気の美味しさを味わえない

木漏れ日のきらめきを感じられない。
 
いつの間にか川のせせらぎは聞こえなくなり
あたりはしんと静まり返る。

聞こえるのはほんの少しの虫の鳴き声と
私達の足音だけ。

一歩一歩進むその先の風景は
呼吸をすることさえ忘れてしまいそうな程に
重々しく胸に迫り来るものであった。

誰もが無口になる。
何かを見つけて言葉を発して
また無口になる。

Img_0060 Img_0062
Img_2959 Img_2960

河原がススキが木々が沈む
今歩いているこの橋も
もうすぐ沈む。

豊かな自然が
人々の暮らした痕跡が

徳山村が
水の中に沈んで行く…。
 

それはいくら頭の中ではわかっていても
ことばを無くす風景だった。

歩けば歩くほど水かさは増えて

谷に響くのは
いよいよ私達の足音だけのような心地がした。
 
 
Img_0064

 
大いなる川の流れがなくなると
こんなにもこの風景は寂しい。

もっと自然の賑やかな
ほら、まだお山の上はあんなに
自然の豊かな場所なのに

1年前、水が入り始めて
静まり返る徳山小学校前の
あまりにも静か過ぎる静けさ

あの時と同じことが今
ここで起こっている。


そして私達も、ただ沈黙。

【photos by ippo&minami minakami】
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2007/10/11

戸入・門入2007秋 3

「あっ!」

覆道に入る直前
谷底を見ると川の流れが終わり
水が止まっている…。

覆道に入って見てみると
もっとはっきりと見えた

西谷の川の流れが、湖に変わるのを。


Img_2952

石に当たり白く泡立った水が
緑色をした水溜りに流れ込んで
その動きを止める。

川が終わり、湖が始まる。
 
川の流れは太古の昔から
流れ流れて海や湖へと流れつくものだけど
こうして初めて川から湖になりゆく姿を
目の当たりにするのは初めて…。


穏やかな流れが湖に注ぐのではなく
渓流が湖になっていく。
 
緑の奥に見える
美しいエメラルドグリーンの湖だけど
だけど…

その先には私のよく知っているあの風景が沈み
私達も心から愛したあの吊り橋が沈んでいる。
 
嗚呼…。
 
 
Img_2951

真新しい湖は
周りの木々を湖面に映し出して
今、静かにそこにある。

今、私達の目の前で
湖が作り出されている。

ダムの本体から遠く離れた西谷の
こんなに奥地に入ったところまで

試験湛水から1年、水は来ていた。
 

私達はそれを見つけて立ち止まり
そして暫くすると押し黙ってしまった。

まだまだこの道が湖に消えるまで歩くつもりだけど
この先、どんな風景が広がるのだろう。

1年ぶりの懐かしい道
変わらない道の風景が変わって行くのは
重々承知しているのに

この先を歩くには
何故だかもう一度心構えが必要なような気がした。


Img_2953 Img_2954

覆道の少し先
昨年も見たはずの看板だけど
気のせいか真新しく感じる。

ここから先は
現在は徳山村道でも揖斐川町道でもなく
"徳山ダム工事用道路"。

元々は昭和28年に初めて戸入‐門入間を繋いだ道。
この道が出来て門入からの人の流れは
ホハレ峠から戸入へと変わった。

そしてダムが出来て今再び
人はホハレ峠を越えている。
 
この道はもうすぐ途切れ
道は湖へと沈む。
   

私達は何処まで、この道を歩けるのだろう。

工事の終わった"工事用道路の始まり"は
元の静けさを取り戻し
村道の表情を取り戻しているようにさえも思えた。

遠くに小さな水溜りが見えるだけで。

けれどその先はきっと私の知らない
別の顔…。

【photos by ippo minakami】
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2007/10/10

戸入・門入2007秋 2

昼食を済ませると早々に
私達は戸入に向かって歩き始めた。

どこまで歩けるのか
どこまで水が来ているのか
大まかの予想はついているけれど
実際に歩いてみないとわからない。

目標は既存の戸入への道の水際
そして新しく出来た戸入の船着場。

現状「道」の無い門入に行く為には船が出ているが
これは誰でも乗れる船ではない。

だから私達は歩いて船着場を見てみよう。
昨年戸入分校跡の樹木を伐採して作っていた
あの船着場。

戸入までの道程は片道9km
直前の水位で予想されたのは
戸入へと続く道は
門入から6~7kmのところで途切れている…。
 

Img_2936

8月、門入に出来ていた大きな基礎
1ヶ月ちょっとでこれだけ工事が進んでいた。

これは"水資源"の建設している建物だという。
船でやってきて建設しているのだという。

「へぇ~」と思いながら門入の町並みを抜け
戸入へ向かって歩いて行く。

Img_2938

杉林の間に続く懐かしいあの道を
車やバイクではなく
自分の足で進んでいく。 

Img_0046 Img_0045
Img_2940_2 Img_2941
Img_0047 Img_2942
   
空は青く、緑は深く、沢山の花が咲き
沢山のススキの穂が揺れる。

川のせせらぎが谷間に響く。
意外とヘビが多くて驚く。


変わらない風景に
何だか心がほっとする。

そして通い慣れた道もこうして歩いてみると
沢山の新しい発見がある。

ヘビが多いこともそうだけど
何て空気の美味しいこと
緑の美しいこと
植物の種類の豊富なこと
川の水の澄んでいること。

もうこの道が通れなくなってしまう
昨年の8月下旬、
こんな風に1年後この道を歩けるなんて
想像もしていなかった。
 
そして今もまだ
この道の先を想像出来ない。


わかってる。
この変わらない道が続かないこと。

変わらない風景がこの先変わっていること。

車の通らないアスファルトの道
4人は広がって道の真ん中を歩く。

懐かしい徳山村の道を歩いている。

この風景が変わるのを見るのは辛いけれど
現実を見てみたい。

そして今は
変わらないこの道を歩くことが出来る幸せを
精一杯に感じていたい…。


旅路の前にはその距離を心配していた
「門入から戸入へ歩くこと」

実際に歩いてみると足取りは軽く
そして重い現実を目前にしながらも
この道がこうして変わっていないことが嬉しくもあり
その道をこうして歩いているのが
私にとってはまるで夢の中の歩いているような

何だか不思議な心地に包まれていた。


戸入から門入へ向かうときにいつも通った
あの覆道が見えてきた。

Img_0049_2

     *     *     *     *     *     *     *

ところで、今日はここで話は少々それまして
野崎島でお会いした動物写真家の津田さんのお話です。

昨年11月の野崎島から続く
津田さん×RKB・Mさんの撮影行の第4弾
ハチクマの渡り(Fron五島列島・福江島)の動画が
現在RKBのウェブサイトでご覧戴けます。
(しかも今回ADは野崎島と同じくノラクロくんだったらしい~)

毎回毎回「愛知県じゃ観れない~」と嘆いて
DVDをちゃっかり頂戴していた私ですが
こうして愛知県からもwebで観られるなんて
私はヒジョーに嬉しいです。
 
RKB毎日放送さん、粋な計らいをアリガトウ!
そして皆様、ゼヒゼヒご覧下さいまし!

ところで、野崎島での取材に私もたまたま居合わせて
思わず雨の中撮影について行ったことは
このブログに昨年載せて
その後諸事情により公開を休止しましたが
振り返ってもすご~く楽しかったので
再掲載しよっかな~♪

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2007/10/09

戸入・門入2007秋 1

10月6日土曜日朝8時
待ち合わせの駅に一歩くんの運転する車をつけ
暫くすると大きな荷物を背負った男達が現れた。

やってきたのはMMMさんとHEYANEKOさん
荷台満載にザックを詰め込んだら
早々に出発。

目指すはホハレ峠から旧徳山村門入へ
そして荷物を降ろして戸入へ
1泊2日の旅路。

穏やかな秋晴れの日
不安なことといえば私の体力…^^;
 

Img_2913

「無事に行って、帰って来れますように。」

前回と同じように峠のお地蔵さんにお参りをする。
一度歩いた道とはいえ
この先険しい道程をそれぞれ
6~15kgの荷物を背負って歩く。

それでも一歩くんは更に
凍らせたペットボトル2ℓ×2本と共に
ビール13本をザックに詰め込んだ。

大丈夫なのだろうか?
確かにビールは飲みたいが
MMMさんとHEYANEKOさんに
半ば呆れられるほどアホ全開。^^;

10時、MMMさんの先導で
まずはロープ伝いに崖を降りて
あの道を歩き始めた。


Img_2916

日頃から山を歩いているMMMさん以外の3人は
大きな荷物を背負っての道程に苦労する。

一歩くんは荷物が重すぎて体を振れず
HEYANEKOさんは滑る。

そういう私も早々と重い荷物に肩が凝る。
骨盤に巻いていたザックの紐を
ウエストに上げて
何とか肩に負担が掛からないようにする。

Img_2917 Img_2918_2
Img_2920 Img_2924
Img_2926 Img_2927
   
しかし前回とは違いこの約5kmの門入への道中も
気付いたらあっという間に砂防ダム。
 
行きでもあれだけ苦労していたミナカミも
今回は山男MMMさんの先導+
健脚チームに吊られて速い速い。

何せ今日の目標は門入よりまだ9km先の戸入だし
気持ちはまだまだはやるばかりです。
 
 


Img_2929_2

視界も開けて青空が見え始めた。

車の通れるダートに入り
HEYANEKOさんと私は半袖で歩いている。

空が青い、雲が白い、空気が美味しい。
 
門入はもうすぐだ。


Img_2934
   
12時、無事に門入へ到着。

一歩くんが背負ってきたビールは
ペットボトル保冷剤効果もあり
がんがんに冷えていて美味しい。

昼食に1本づつ開けて乾杯すると
あとはあっという間に飲み干してしまった。

一歩くんは早々2本目のビールを開けた。

頑張って歩いたあとのビールって
…ほんとうにウマイ!

出発前の所感訂正
一歩くん、貴方はアホではなくて神です!!m(__)m

【photos by ippo minakami】
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2007/10/07

帰ってきました

無事1泊2日の門入の旅から
戻って参りました。

コメント戴きました皆様ありがとうございます。

お返事とレポートは明日以降ということで
まずは無事のご報告です。

おやすみなさいませ。

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2007/09/26

戸入

戸入
 
徳山村・戸入に行きたいと思っていたら
いつの間にか夜中に塗り絵をしていた。

大好きな場所、戸入の下手の橋は
今どうなっているのだろうか?

春の日の華やいだ戸入の風景が思い出される。
そういえば私、戸入に秋に行ったことがない。

秋の戸入はどんなだったのだろう。
そして今年の秋はどうなのだろう。
   
 
昨日徳山村は試験湛水開始より1年を向かえた。

【写真共携帯より更新】

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2007/09/10

2007年9月8日の徳山村と親

そういえば写真をUPしていなかった。
映画が終わってから向かった
徳山村の写真。

Img_0015

もうすっかり、湖になってしまった。
昨年通ったあの道も校舎も
今では記憶の中で辿るばかりである。

Img_0021
(2006年5月4日撮影)


水位は満水の位置を示す看板に
随分と近づいている。

Img_0007

戸入の下手の橋のそば
同じ看板があったけれど
感覚的にはもう
戸入にも水が来ているような気がする。

Img_0015_2
(戸入の看板 2006年5月4日撮影)


徳山会館の展示室には
かつての徳山小学校の図書室で
本棚に並んでいたであろう
古ぼけた一冊の本。

Img_0014

何故だかとても嬉しくなった。


ところで、今年の1月にこちらにもUPした
徳山ダムより大垣寄りにある横山ダムに沈んでいた
「親」の吊り橋。

土砂の除去作業は終わったのか
工事用の道路にも水がかかり
橋脚も再び湖の底に沈み始めているみたいだ。 

Img_0002

親集落の離村記念碑は
すっかり背の高い草に覆われていた。

親に暮らした人々が離村して確か…47年。
 
草ぼうぼうの石碑を前に
凍えながら刻まれた文字を読んだ
真冬のあの日を思い出した。

Img_0005


※親の吊り橋の冬訪問の様子は
    2007年1月15日掲載
→『雪の中の小学校に逢いたくて 2』 
  (クリックでジャンプします)

【photos by minami minakami】
写真はクリックで拡大します

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2007/09/09

映画『水になった村』

9月8日、『水になった村』の大垣公開日。
初日初回の舞台挨拶を
出来るだけ前で見たくて前の席を選んだ。

最前列で正直画面が見づらかった。^^;

ネタバレになるので内容は割愛。
でも、私にはこの映画
どうやら徳山村ともうひとつの側面で見ていたようである。
 
福井の大好きなオババ。
今は亡きオババの晩年、彼女が望んでいたことが
今になってものすごくわかるような気がした。


私の大好きなオババは80を過ぎても畑をやり
夜は白熱灯の下で内職をするような人だった。

典型的な農家のおばあちゃん。
その生活は色々な事情で
最期まで貫くことが出来なかった。


そうだ、幼い頃田舎から送ってくる荷物には
丸餅がいっぱい入っているだけでなくて
自家製の沢庵やぜんまいが入っていた。

田舎の家にあった大きな大きな漬物樽。
あの大きな樽は今頃、どうして居るのだろう。

夏、畑に生るトマトやスイカ。
連れられて山道で山菜取り。

ベッドの上最期の夢うつつの中で
それでもオババはひとりであの家に
電車に乗って帰ろうとしていた。

そんな話をこともあろうに
見舞いに来た末孫に近い私がひとりで受け止めてしまった。

そうだ、オババが望んでいたのは
こういうことなのかもしれない…。


地元に近い岐阜・大垣での初日。

どうやらお客様も徳山村の方が多かったようで
上映中は随所で笑い声が聞こえたり
映画のワンシーンから思い出話に発展したり
とても暖かで和やかな92分間だった。

『水になる』そのシーンは苦しかった。
泣いたり笑ったり、ほんとうに私は忙しくしていた(笑)。

色々なことはよくわからないけれど
何で暮らすひとの素敵な笑顔の絶えない場所が
なくなってしまったのだろう。

現代のように便利でないことはわかっているけれど

人としてほんとうに大切なことは…
 

ところで、映画館でMMMさんと
「ゼヒゼヒ」とお会いすることが出来た。

そういえばブログが大元で
お会いした方はMMMさんが初めてかもしれない。
(mixiやHEYANEKOさんトコ経由はかなりいらっしゃいますが)

正直ここで私がブログを書くのを恐縮するほど
相当カッコイイお兄さんでした。
師匠と呼ばせて下さい!弟子になります!<(_ _)>

ところで掲載許可を戴いておりません。
事後承諾ですが…良いでしょうか。。。
(駄目な場合即ミナカミにご連絡を下さいませ)

映画が終わると今度はMMMさんと一緒に
徳山会館まで出掛けることにした。

バイク1台車1台。
今日は私達も本当はバイクで来たかったのだが
岡崎の花火大会大雨でドロドロになったバイクに
一歩くんがNGを突きつけた。^^;


この映画の監督さんでもある
大西さんの写真展を観る為ではあるけれど
その映画を観てすぐの目の前は、あの湖。

それはあまりにも重い現実だった。

映画館で見かけた若いカップルも
同じコースを辿っていたようだった。

ちなみに初日につきテレビカメラが映画館にも入っていたが
そのうちの一台も午後、徳山会館へと流れていた。
 

のどかで平和な暮らしをしていたはずの
私の大好きなオババ。

いつも畑で明るく出迎えてくれた
あのオババの笑顔がかげりゆくのが
まだ大人とはいえない私にも感じられた。
 
そして最期までふるさとに拘った人だった。
もう歩くことも出来ず話すことも出来なくなる病床の上で
故郷に帰ろうとしていたオババ。


ダムに徳山村が沈んだという現実と
私のオババ。

ものすごく違うようで
「オババの思い」を幾重にも重ねたような心がそこにあるような
そんな気がする。

徳山村のジジババの素敵な笑顔の写真に
在りし日のオババが重なる。

オババは天国でまた幸せに暮らしているのだろうか。
…そんなことを願いたい今宵である。
 

※オババ…福井の方言で「おばあちゃん」のこと。

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2007/09/03

ホハレ峠を越えて門入へ 10

後半の道程はもう
私はただだれているだけだった。

時々一歩くんが立ち止まりこちらを撮影する。
写っている私はヤバイほどにだらしなく
顔も赤くなっている。

Img_2876

歩き始めて3時間50分。
ゴールが見えてきた。

Img_2878 Img_2880

あ~もうここを登れば終わり。
はぁ~~~。

着いた!

Img_2882

各々の杖を峠のお地蔵さんの脇にお返しし
グローブを外してもう一度お参り

「無事に行って帰って来れました。」

それからヨボヨボと車まで歩く
あの50mがなんて長く感じたこと。

はぁぁぁ~~。

ハッチを開け、荷台に座って
またしても誰もいないのをいいことに
ふたり堂々と脱ぎ始める。

Tシャツを脱ぎタオルで汗を拭い
下着までぐっしょりのふたりは
その場で恥じらいも無く着替えるのでした。<(_ _)>

一枚一枚脱ぐその動きが
私はすでにもっさり。

車のシートに座ると
もう一歩も動けないくらいに
スタミナを消耗した気分。

あぁ、やり遂げた充実感。

Img_0065

川上に辿り着く頃にはもう5時を回っていた。
12時間、すっかり夕方の空に変わっている。

それから私達はしいたけうどんを食べ
帰宅の途についた。


…と、気持ちよく終わるつもりだったが
私にはとんでもないオマケがついた。

極度の倦怠感とめまい、発熱
大垣ICに辿り着く前には
自分の風邪がぶり返していることに気がついた。

直りかけだと思っていたのに。
どーりで帰り道、目が回ると思った。^^;


Img_2890

大垣の街に日が落ちる。

「ね、みなみ綺麗だね。」
一歩くんは信号待ちでカメラを向ける。

私はただだるくてだるくて
美しい夕日も堪能出来ずに
助手席のシートにもたれかかるでくのぼう。

あまりにも私が動くことも出来ず
帰り道一歩くんが夕食と風邪引きグッズを
各店であせあせと揃えている頃
もう私は意識も朦朧とするばかりだった。

「みなみ、風邪薬はある?」
「多分○○医院でもらった残りがある。」

家に帰ると熱は38℃近くあった。

熱出してホハレ峠、
私も随分と無茶しますなぁ。

ということで初のホハレ峠越えは
どうやら頬というよりリンパが腫れたという
オチがつきました。^^;


あれから1週間
私達が通った道は道なのかと問われれば
それは現代ではNoであり
昔のことを考えればYesなのだと思う。

現代の地図にない「ホハレ峠から門入へと続く道」
(通称旧ホハレ峠)は
多分この険しい道なのではないかと思う。
 
勿論それは私達の歩いた感想であり
真意の程はわからないが。

その昔栃の板を担いでホハレ峠を歩き
そして今、再びあの道しかなくなってしまった
門入の方々のご苦労をしみじみと感じながら

人間には敵わない自然の偉大さを感じながら

門入に繋がる道が一日も早く整備されることを
今は実感として祈るばかりである。


ところで、

これだけ苦労した門入への道程ではあったけれど
意外というか案の定、筋肉痛にはさほどならなかった。

消費したのは明らかに筋力ではなくスタミナ
そして私はただの風邪っぴき。

次回は「道」の下見ではなく
きちんと門入をメインにしてこの道を訪れたい。

どんなにその道が辛いことがわかっていても
早くも門入に行きたいモード全開な
ミナカミなのでありました。^^;

…来週末あたり、天気が良いといいな。


     *     *     *     *     *     *     *     *

参考文献等

ホハレ峠(ぎふこくナビweb内)
サラリーマンの休日「ちょっと行ってくる」(by zinzinさん)
HEYANEKOのホームページ(by HEYANEKOさん)
当ブログ及びmixi某コミュのコメント(皆様ありがとうございます)
 
     *     *     *     *     *     *     *     *

Special thanks to

zinzinさん、MMMさん、ばばしんさん、e-conさん
HEYANEKOさん、門入で会ったご夫婦
そして…コノ人↓
Img_0058
1.5人前の荷物を持って
蜘蛛の巣や草を払い、私を気遣い。
ありがとね、いつも。一歩くん。

    *     *     *     *     *     *     *     *

最後にもう一度お願いです。

ひ弱なミナカミが行けたからと行って
安易にホハレ峠を越えられると考えないで下さい。
足場は大変悪く万が一の際命の保証はありません。
また天候にも非常に左右される道程です。
勿論携帯は圏外です。

水上みなみ及び水上一歩は
ホハレ峠を越えて門入へ行くことを推奨しておりません。
くれぐれも行動は自己責任で
慎重に慎重を重ねてお願い申し上げます。

    *     *     *     *     *     *     *     *

更に追伸

5~8は1日に2記事UPしております。
毎日定刻チェックされている方、mixi経由の方
かなりの確立で飛ばして読まれているみたいです。^^;
(勿論ミナカミの拙い表現ではつまらないと思うのですが)
念の為お伝え申し上げます。<(_ _)>

【photos by ippo&minami minakami】
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2007/09/02

ホハレ峠を越えて門入へ 9

11時半、アラーム音と共に起床。

一歩くんは起きない。
私も起きてはみたものの、まだかなり眠くてだるい。

30分も寝てないもんなぁ。

ウロウロと近くを歩き回る。
小さな管理小屋の隣には
真新しい基礎。

一歩くんも起きてきた。
 
Img_2864

ここで一歩くんとの意見の食い違いが起きる。
折角ここまで来たのだから
門入大橋の近くのお地蔵さんに寄りたいという私

帰りの時間を考えて
今回はあくまでも「下見」なんだし
寄っている暇はないという一歩くん

「わかったから。」

いかんせん体力がないのは私だけに
それ以上何も言い返せないし黙ってしまった。

 
むっとしたまま橋を渡る。
ホハレ峠に向かって歩いて行く。

Img_2867

行きには快適に歩けた緩やかな下り坂
わかってはいたけれど帰り道は
だらだらと続く上り坂になる。

出来るだけ日に当たらないよう
日陰の場所を選んで歩くが
それでも汗がだらだらとカラダの中から出てくる。

Img_2868

歩きながら水分補給をしても
どんどん汗が吹き出してくる。
「休もうか?」一歩くんが気遣ってくれるけど
意地になっているので「大丈夫」の一点張り。^^;

振り返れば昼寝から目覚めた時点から
いや、行きに頬が痛いと感じた時点で
私の体調はかなりおかしかったのかもしれない。

上り坂を上り切ってみると
明らかに軽い脱水状態のようだった。


一歩くんの判断で強制休憩。
黙ってお茶を渡される。

「スポーツドリンクの方がいい。」

一気に半分ぐらいを飲み干す。

Img_2869

「みなみ、あれは野イチゴかな?」
「ううん、ヘビイチゴだよ。」

一歩くん、その実を摘んでぱくっと食べてしまった。

「味がしない。」

その行動が可愛らしくて
意地を張るのを辞めたミナカミなのでした。

そもそも気遣ってくれている訳だし
本当は私が怒る場面じゃないんですけどね。^^;

ところでヘビイチゴの花って黄色いのね。
初めて知った。

山道に椅子を広げて休まなければ
きっとこれからも知らなかったこと。

急いで帰ることばかりを気にしていたけれど
そうそう、休みながらでいいじゃない。


向こうから先程出会ったご主人がやってきた。

「すいません、道の真ん中でお店開いちゃって。」

行きとは違い身軽になったご主人は
手に釣竿を持ち、ものすごい早足だ。

「1時間半で峠まで行けるから。」

すごい元気。
もうスキップしそうな勢い。

暫くお話をするとあっという間に見えなくなってしまった。
どうやら奥様と犬が先に峠に向かっているらしい。

早っ。
 
だって5kmの道程を1時間半ってことは
う~んとつまりそれは時速に換算すると
3km/h以上のペースで歩いてる。

あの危険な道程でつまり
そうそう街中の道を歩くのと大差ないということ?

しかも緩やかとはいえ標高は上がっていく。

参りました。<(_ _)>


休憩を終え私達はまたゆっくりと歩き出す。
寝起きとはいえ顔がばんばんに腫れていることに
歩きながら私は気付いている。

しかも歩きづらいあの道に入ってからは
時々目が回るようになってしまった。

立ち止まって頭をしゃんとさせる。
普通の道ならばいいけれど
ここは足を踏み外せば死ぬかもしれない。

同じ危険度でも上り坂では
あまり危険を感じない。
「落ちたら死ぬ!!」を心の中で繰り返し
ここが危険な道であることを
脳に認識させながら歩く。

それにしても何でここで
"立ちくらみ"が出るかな~。
危ないって。

5月~9月は立ちくらみが日常の私だが
この道でそれが出る自分の体調が
何だか恨めしいような気がした。

運動不足も勿論あるけれど
何でなんだろう、これが海ならば
休む事無くしかもいいペースで泳いでしまう私が
何故山ではこんなに弱いのだろう。

確かに泳ぐときは何km泳いでも呼吸が乱れなくて
上り坂は100mでも乱れる。

"呼吸を乱す"訓練が必要なのかな。

そんなどうでもいいことを考えながら
はるか先のホハレ峠を思わずに歩いていた。
そういうことは得意だ、1000歩先を考えず
1歩先だけを考えること。

上り坂が苦手なくせに
年に数回の山歩きが出来るのは
はるか先を見ない習性が幸いしているのだと思う。

それからその辛い道の先に
見たいものがあるという目的。

単純に登山に誘われても断る。
自発的じゃないと行かない。


そういえば絶対にここ、足元は危険だけど
登り具合は緩やかだ。

何でだろう~余程野崎島のほうが辛いはずなのに
何で今日はこんなに息が上がるのかなぁ。

下界より涼しいとはいえそれなりに気温が高いからかな。


…と、まだまだここでは主に
自分の身体能力のせいだとばかり考えていた
ミナカミなのでした。

本当はそれだけではなかったのに。

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2007/08/31

ホハレ峠を越えて門入へ 8

Img_0058

私達が橋でビールを飲んでいると
ホハレ峠の方から1組のご夫婦がやってきた。

ご主人は50~60才ぐらいの方だろうか。
奥様は真っ赤な服の良く似合う可愛らしい方だった。
ふたりとも背中にはびっくりするほどの大荷物。

「よう来なさったぁ~。」
ご主人は何度もそう言って下さる。
奥様も「お姉ちゃんも居るのね~。」と歓迎ムード。

お伺いするとご夫婦は門入の方ではないけれど
門入にお住まいの方に差し入れを持ってきたようだった。


私も到着したときから気付いていたけれど
向こうの家の窓が開いている。
そう、今年の門入にも
昨年と変わらず人の暮らしがある。

HEYANEKOさんのことばをお借りするなら
門入は事実上の冬季無人集落になるのだろう。

そして驚いたことに
昨年夏に比べ家が増えていた。


一歩くんが「道」のことをご主人に尋ねてみた。
するとやはり、あの私達が通ってきた道以外に
現状で門入に来る方法はないということ、
ホハレ峠のお地蔵さんの先の道は封鎖されているが
あの道は昔木材を切り出す為に開いた道で
すぐに行き止まりになってしまうことなどを教えてくれた。

あまりにも厳しすぎる。
私達はそれでもまだ健康で年齢的にも若く
ただの趣味人であり荷物も少なく
私の貧血や心肺機能の弱さがあったとしても
こうして門入には来られるけれど…

これが現在事実上の、門入の生活路になること。

そしてこの「道」は多少の整備をされたとて
現代では道というより登山道。
傾斜は確かに決してきつくはないけれど
足場の悪さを考えると荷物も制限されるし
第一危険な道程だ。

改めて考えさせられてしまった。
現在、道に関する訴訟が起きている。

それに触れるのはあまりにも難しい問題なので
このくらいにしておくが、
同じ旧徳山村のダムに水没した地域に付け替えられた
立派な国道とのあまりにも激しい落差

「なんでそうなっちゃうのかな~。」
色々なことがよく解らない一般庶民は
そんなふうに感じるのでした。
 
枝打ちされ手の入っている門入の杉林。
この杉林を所有している人は
山の仕事をする為にあの道を越えてくるのだろうか。

「色々な問題を抱えたままダムに沈む。」
昨年徳山小学校前でお会いした徳山村のとある方が
そう言われていたけれど

確かに間違いなく色々な問題がここにはあるのだと
こうして歩いてみて、門入に来てみて
変わらないのどかな風景を前に
冷たい清流に足をひたしながら思うのでした。

Img_0051



さて、ビールも飲んで何だか眠くなったぁ。

門入八幡神社跡に出来た公園には
立派な石碑が建ち、屋根のついた場所もある。

Img_2851

奥のふたつの石碑。
ひとつは門入の歴史と家並みを綴ったもの
もうひとつは「門入八幡神社跡」と大きく書かれた
天然石をそのままつかったもの。

旧徳山村・門入2007年8月 Img_2856
Img_2860 Img_2865

家並図には一軒一軒のお宅のお名前だけでなく
屋号が記載されているところが面白い。

だけどそうしているうちに
睡魔にかなわなくなってしまった…。

屋根のある真新しいコンクリートは
太陽の熱を吸収していないのでひんやりする。

あぁ~心地良い。
なんて幸せに昼寝が出来る…zzz…。

屋根の下のコンクリートの上
ふたりそのまま寝転がって爆睡。
勿論レジャーシートなんて
そんな洒落たものは持ち合わせてないけれど

このコンクリートの冷たさが、キモチイイ。

早々に私達は寝息を立てていたに違いない。

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ホハレ峠を越えて門入へ 7

Img_0044

門入が見えてきた!

「着いたぁ~!!」
「着きましたねぇ。」

昨年と変わらぬ風景が
だんだん近づいてくる。


一歩一歩門入の地をしっかりと踏みしめる。

もう当分ここへは来られないかもしれないと
思っていた昨年8月の夕暮れ

「また門入へ来たい。」
絶対に成し遂げようと心に決めたことば。

あれから1年
思ったよりも早く到来した「その時」。

「門入ですね~。」
「門入です。」

走り出してしまいそうな心を抑えて
一歩、また一歩
門入の町並みが近づくその瞬間を
圧倒的な感動をもって踏みしめていた。


Img_0045

清流は変わらない。

Img_2845
 
昨年夏工事中だった八幡神社跡には
真新しい公園が出来上がっている。

Img_0054

そして…あの橋。


着いた!着いた!門入に着いた!!

時計を見ると9時30分
既に出発から3時間半が経っていた。

全身汗だく
シャツやパンツはおろか
グローブ、靴、その中の靴下までびっしょりだけど

危険極まりない道程だったけど

良かった、ここまで来れた。
門入に、来れた。

すごく嬉しい。


早速靴と靴下を脱ぎ
バイク用雨合羽のパンツを脱ぎ捨てる。

誰も居ないのをいいことに
ふたり堂々と着替えてる。^^;

これをする為に持ってきた、短パン。

昨年きたたびさんご一家と出会った
あの川で川遊び

大人なのでビール付き。^^;


Img_0050_2

清流の美しさは変わらなかった。
昨年夏、この流れは来年どうなるだろうと思っていた。

門入の美しい川の流れは変わらなかった。
昨年より雪が少なかったせいか
少し水量が少ないくらいで。
 
あの夏ここで川遊びをしていた
きたたびさんご一家の楽しそうな顔が浮かんできた。
 
   
「お疲れ!!!」

一歩くんが頑張って運んできたビール
冷えていて、美味しい。

さすがに沢山は飲めないけれど

何て贅沢。
真夏の門入のあの橋で
早朝9時半、ビールを飲む。

足をつけてみる。
「あっ、冷たっ!」

濡れた服と靴は
真夏の太陽が照りつける河原に並べて干してある。


至福のひとときということばが
こんなにも似合う瞬間。

そういえば、門入でお酒飲むの、初めてです。
今迄いつもここまで車かバイクで来てたから。

そっか、辛い道程でも徒歩なら
こんな美味しいビールまで飲める。

あぁ~帰りの道程は少々不安だけど
ここまで来れた~よかった~。

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2007/08/30

ホハレ峠を越えて門入へ 6

Img_0033

私達は更に開けた場所へと出た。
次に進む道はどこだろう?

あたりをうろうろと探す。

Img_2833

「ここかな。」
少し歩いてみて
「違う。」

Img_0035

「それともこっちなのかな。」

Img_0036

しばらくそのあたりを歩き回り
私達は「道」を探す。

どれが門入へと繋がる道なのか
地図に無い道を初めての山の中で探す。

日差しが随分と強くなり始めている。
早くまた木陰の道に戻りたいけれど
いかんせん「道」を見つけないことには
先へと進めない。

「あ、あれかも。」
「うん、これだね。」


Img_0037 Img_2836
Img_0038 Img_0039

やがて道は整地されたダートに変わり
ゆるやかに登っていったかと思うと
今度は緩やかに下っていく。

真新しい轍が
私達の進む道の先へ先へと進んで行く。

時折U字溝が道を跨いでいる。
整備されたてなのだろうか
どれも真新しく、中には透明な水がキラキラと輝いて
私達の目の前を右から左へと流れていく。

目指す門入はきっともう間近だ。
   

 

Img_0040 
   
人の手が入っている杉林が道の両側に見える。
それはまるで門入の門。

「きっともうあと少しだよ。」

足場の良い広くて緩やかな下り坂
心躍るようにふたりの足取りは速くなった。

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ホハレ峠を越えて門入へ 5

Img_0022_2

幾多の難所を乗り越え
登り下りを繰り返しながら苔生した岩の間を通り
随分と標高も下がってきた。

地形図を見る限りホハレ峠は814m、門入は450m
だいたい5kmの道程。

視界が開け、日が差し始めた。


Img_0024

今度はこの草の中を
手や杖で草を払いのけながら
足元にある獣道のような道の上を歩いて行く。

崖の縁を歩いてきた先程の緊張感からは解放されたけれど
次は足に絡まるつる植物を気にしながらの歩行。

そして前を行く一歩くんは
先程までの道を塞ぐ蜘蛛の巣を取り払う作業に加え
出来るだけ私がコケないようにと
歩きながら木の杖で足元の草を払っている。

目の前でくるくると蜘蛛の巣を巻き取ったかと思えば
今度は足元の草をばしっと杖で叩く。
私と違って体力もある一歩くんにとって
木の杖は歩行補助ではなく
主に道を塞ぐ蜘蛛の巣を払うためのもの。
人が行かない季節の野崎島で覚えた技だ。

くるくる、ばしっ。
くるくる、ばしっ。

くるくる、バキッ!!

???

一歩くん、勢い余って杖を折ってしまった。


Img_2830

迷いそうになりながらも
最初に渡ったあの沢へと出た。

もう随分と水量もあり
沢というよりは川に近い幅。

この川に近くなった沢も勿論歩いて渡る。
足元には動物の骨が落ちている。
 
「シカの骨かな。」
「多分。」

一歩くんがひょいひょいと石の上を飛んでいく。
続いて私も…

ずるっ、びちゃっ。

あぁ~滑り落ちてしもうた。

前を見ると一歩くんが向こう側を向いていた。
良かった~見られていなかった。

と思っていたのにこの場所を渡る私の写真が
しっかりと一歩くんのカメラに収められていた。

………^^;

ここで一歩くんは河原に落ちている長い木の枝を発見。
すかさず見事な足蹴りで真っ二つに折り
一歩くんは新しい木の杖を手に入れた。
(こう書くとまるでドラ○エのようですね)


再び沢の右側を歩き始めると
砂防ダムが見えてきた。

Img_0030

道幅も随分と広がり
もう充分に歩きやすい「道」。

Img_0031


「そろそろ1時間経つから休憩しましょうか。」

風邪気味で体力の無い私を気遣い
一歩くんは1時間に1回休憩を挟むようにしていた。
これで2回目。
平らな場所を見つけて椅子を出し
飲み物と食べ物を一歩くんが私に勧める。

「少しでも食べた方がいいよ。」

だけど睡眠不足のせいだろうか。
今日の私はどうしても食が進まない。

凍らせたペットボトルと一緒に入れておいた
ストロベリーチョコをひとつだけかじり
地形図を見ながら位置を確認する一歩くんの
横顔をただ眺めていた。

普段の山歩きならあんなに美味しく感じられる
ストロベリーチョコ。
何でだろう、今日は全然美味しくない。

夏だからかな。


それにしても本当に"ホウハレ峠"かもしれない。
何だか左の頬が、痛い…。

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2007/08/29

ホハレ峠を越えて門入へ 4

実は歩き始めて10分もすれば
『あの箇所』を通過することになる。

崖崩れやその他危険箇所を
ロープを伝って歩いていくのは。
 

Img_0009

歩き始めて最初の『ロープ渡り』。

行く先に土が露出した部分があるが
あの箇所は崩れている。

木の幹にトラロープがたるんだ状態で張ってあり
行く人は自分の体重と荷物の重さを
手に掴んだトラロープに託し
露出した土の間に見える溝のようなところ(道)まで
脚力ではなく腕力主体で
上がらなければならない。

付いた足はずるずると谷底へ向かって滑っていく。
ぱらぱらと自分の足元の土が谷底へと落ちていく。

蟻地獄にはまった蟻になったような気分。

ロープはたるんでいるので
途中いやおう無に身体は谷底へと引っ張られる。
滑り落ちそうな足元を腕力で無理矢理前へと進め
この蟻地獄のような箇所を脱出する。


Img_0018

この場所は急斜面で足場の滑るところだったと思う。

Img_0019

この辺りはロープが連続していて
急斜面+足場が極端に少ないところだったような。


それでもまだ、ロープがこうして張ってあるだけ
歩きやすいと思う。

この道程を歩いて行く中で一番怖かったのは
少しV字にえぐれて膨らむ崖(完全に平地はない)を
崖の途中の『踏み跡階段』を使って通過するところ。

もう最初の一歩をどちらの足で踏むか
それ次第でバランスを崩してしまいそうな場所なのだ。
しかもここにはロープはない。

岩、木の根っこ、藪
普段はあまり使いたくないこれら自然の中にあるものも
強度を確認して掴み、歩行補助に使わざるおえない
そうしないと前へは進めない。

足と杖だけでなく、両手も、そしてバランス感覚も
全身を使って歩く。
靴やパンツの裾が濡れるのは勿論だけど
手にはめているレイングローブも
すっかり濡れて泥まみれだ。


それにしてもこの足場の悪い箇所で
道を塞ぐ木の伐採と
トラロープを張って下さった方には本当に頭が下がる。
(多分業者さんだと思うのですが)

トラロープは木の幹にしっかりと巻かれ
場所によってはロープに滑り止め用のコブが作ってあったり
手元にロープを手繰り寄せやすいような工夫もされている。

随分と険しい道程ではあるけれど
このロープがあるとないとでは雲泥の差だったろう。

有難くトラロープ、使わせて貰いました。

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2007/08/28

ホハレ峠を越えて門入へ 3

気を使う道程のせいだろうか
普段から使い慣れているコンパクトカメラ
焦点の合わせどころがずれていたり
ふたりともこの日の写真は失敗作が多い。

ただそれでもこれだけは言える。
まだ安全というか余裕がある場所で撮影している。

本当に余裕が無いところでは
全く撮影が出来ていない。
当たり前だ、そんなことをしたら
崖に落ちて死ぬ。
 
Img_0011


歩き始めて30分、沢に出る。
道はどうやら沢向こうへと続いている。

折角なのでグローブを外し
手を清流につけてみる。

あ…すごく冷たい。

Img_0015

ふたり順番に
その場でざぶざぶと顔を洗う。
汗を掻いたカラダに心地良い。
腕にも出来るだけ冷たい水をかける。

Img_2823

そして歩いて沢を渡る。
この清水の流れつく先は…門入だ。

Img_0016


それにしてもこの門入への道
歩いてみると小さな沢の多いこと。

勿論その沢に掛かる橋などなく
当たり前のように歩いて渡ることになる。
 
Img_0012

濡れている石には藻が生えていて
トレッキングシューズでも良く滑る。
当たり前のように沢にざぶざぶと入っていく。

こんな光景がこの先当たり前になる。

 
Img_2824
 
周りが急傾斜なため
小さな滝もいくつか見られる。

歩いていてもその場所は少し涼しく
また、こんな秘境の滝を見られるなんて
何だか少しだけ得した気分にもなる。

だけど残念ながらふたりとも写真ぼけぼけ。
この滝の写真はいちばんマシなものを選んでいます。
(コレで?と思われても本当です^^;)


さて、"アノ道"はどうなんでしょう?

「峠を越えるおじさんの行く手を阻む」

そしてインターネットでも写真を見かける
あの箇所は…。

それはまた、次回にお伝えします。


それにしても本当に、この道は険しい。

野崎島のような急傾斜の道ではないけれど
あまりにも足場が悪く、また踏み外せば
それはすなわち死に直結するような崖の縁。

そしてこの道が今
廃道ではなく、『生活路』であるということ。


その先を慎重に確かめる足の指先。
続いたままの緊張感の中で
考えさせられることはあまりにも有り過ぎた。


     *     *     *     *     *     *     *     *


再度話の途中ですが念の為のお知らせです。

上り坂を不得意とするミナカミが行けたからといって
ホハレ峠を安易に越えられると考えないで下さい。
非常に危険です。命の保証はありません。
当たり前ですが携帯も圏外です。

この手の記事を上げる際には毎度書いていますが
行動は自己責任で慎重に慎重を重ねてお願いします。
私はホハレ峠を越えることを薦めている訳ではありません。

特に雨や雨上がりの峠越えや単独での行動は
絶対にお止め下さい。

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2007/08/27

ホハレ峠を越えて門入へ 2

ホハレ峠でパンと名○ハムの軽い朝食。
一歩くんは早速ビールを開けている。
この人の飲み方は本当にすごい(笑)。

ビール4本背負って行くというのに
行く前に飲むか。^^;

身支度をし車に鍵をかけ
まずは峠のお地蔵さんにお参り。

Img_0005
 
「無事に門入まで行って、帰って来れますように。」

お地蔵さんの脇には丁度杖に出来そうな
木の棒が何本か立てかけてある。
実際ここを行く人が杖として使ったものであろう。

私達も1本づつお借りすることにした。


峠を越えて門入へ行くには
このお地蔵さんの向かい側に面する崖を降りて行く。

崖にはトラロープが下がっていて
これを伝って崖下へと降りる。

Img_0006

いきなりのインパクトの強いスタートに
ここが一番の難関?と誤解してしまいそうだが
これは本当に序の口にしか過ぎないことに
後でいやというほど気付かされることになる(笑)。

"崖を降りて沢沿いを歩く"
果たして降りた先は…

Img_0007

道!
道がある。

一本道は真っ直ぐに沢沿いに向かっていく。

「道がわからなかったら沢下り」
を覚悟していたけれど
どうやらこれは門入まではっきりと
道は続いているのではないか?

そう思わせる風景だったが
暫く歩けばそれもすぐに道幅は狭くなり
続いているのは道なのかそうでないのか…。

Img_0008

ただひとつだけいえることは
この道以外に人が歩けるような場所はないということ。

歩く左手には急斜面の壁
右手には落ちたら真っ逆さまの崖
道無き場所を縦横無尽に歩けるような所ではない。

"沢沿い"とは言っても沢と道の間には
随分と高低差のある道が続いていく。

Img_0010
 

『落ちたら死ぬ!!』
国道157号線の根尾にある
有名な看板のことばを思い出す。

ここはまさに"落ちたら死ぬ"。
一歩一歩足元を確かめなければ
死に直結しかねない。

幅員は50~60cmあれば広いと思える程。
"人一人通り抜けるには最低60cm必要"
建築計画ではそんな鉄則があるけれど、
確かにその通りかもしれないと
命懸けで実感する。


足元を見るために顔はずっと下を向きっぱなし。
手に持つ杖は歩行補助だけでなく
自分の足の進む先を決める為にも使う。

ずっと下を向いていて
リュックの重みが余計に肩に食い込む。

ああ、確かに頬が腫れるかもしれない。
これは血流が悪くなりそうだ。

Img_2822 


※本来は川上→ホハレ峠が急傾斜で登るのに下を向き続けることから
「頬が腫れる」と言われていたようです。



     *     *     *     *     *     *     *

ここで話の途中ですが念の為のお知らせです。

上り坂を不得意とするミナカミが行けたからといって
ホハレ峠を安易に越えられると考えないで下さい。
非常に危険です。命の保証はありません。
当たり前ですが携帯も圏外です。

この手の記事を上げる際には毎度書いていますが
行動は自己責任で慎重に慎重を重ねてお願いします。
私はホハレ峠を越えることを薦めている訳ではありません。

特に雨や雨上がりの峠越えや単独での行動は
絶対にお止め下さい。

【photos by ippo&minami minakami】
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2007/08/26

ホハレ峠を越えて門入へ 1

8月25日土曜日、午前2時起床。

風邪気味だった私は
「ホハレ峠」に行くワクワク感と
喉の痛みに変わり前夜から始まった
くしゃみ鼻水鼻づまりに
一睡もすることが出来なかった。

少しでも眠りたいので
普段は飲むことの無い鼻炎用カプセルを飲んだが
それでも脳が眠らない。

頭の中では行ったことのないホハレ峠の先に備え
今迄歩いた場所の中でもとりわけハードだったと思われる
各地を思い出していた。

八丈小島の宇津木の船着場
崖に飛び移るように上陸したこと
野崎島の道
心臓破りの急傾斜が延々と続くところ
同じく野崎島のオッパイ山初日の出登山
夜中に道無き山をヘッドランプ頼りにジグザグと上がる。

そんなこと考えている場合だったのだろうか。
あっという間に起床時刻。
私達は身支度をして2時半に家を出た。


服装は
一歩くんは長袖のTシャツに
バイク用雨合羽のパンツ
履きなれたスニーカーに帽子。
私は長袖シャツの中に半袖のTシャツ
バイク用雨合羽のパンツ
トレッキングシューズ、帽子
虫除けリング。
歩く際はふたりともバイク用レイングローブを着用。

ふたりが背負うリュックは
今回荷物分担の関係で交換した。
茶色のチェックの大きめのリュックには
一歩くんの着替えとタオル、地図と方位磁針
一歩くんのカメラ、500mlペットボトル6本
缶ビール4本、昼食、カロ○ーメイト2箱
岐阜といえばの明○ハム、菓子類、ライト
バイク用雨合羽の上着、流せるティッシュ。
オレンジの小さなリュックには
私の着替えとタオル、虫除けと虫さされの薬
その他の救急セット、アミ○バイタル
私のカメラ、カ○リーメイト2箱
バイク用雨合羽の上着、日焼け止め、流せるティッシュ
手回しで充電出来るラジオ・サイレン付きのライト
500mlペットボトル1本、超小型折畳み椅子2脚。
念の為それぞれのリュックには熊除けの鈴をつけた。

道の駅坂内でトイレ休憩。
ここから先はトイレもワイルドになる(笑)。

川上に到着する午前5時には
さっきまで暗かった夜も明けて
随分と明るくなってきた。


ホハレ峠。
岐阜県旧坂内村川上から旧徳山村門入を繋いでいた里道。
旧徳山村戸入~門入間には昭和28年迄道は無く
門入から他の地域へ続く唯一の道であった。

ホハレ峠の名前の由来は
"頬が腫れる"という説があるらしい。
つまりそれだけハードな道のりということだ。

その道も門入~戸入の道が出来たことや
王子製紙の材木を切り出す作業道が出来たことで
廃道同然となった。

その後王子製紙の道が廃道になり
徳山ダムが出来たことにより戸入方面の道は水没し
現在、門入へ行くには
この現代の地図には載っていない道を
歩いて渡る以外に方法はない。

沢山の方々からの情報により
川上~ホハレ峠間は多分車で行けるだろう、
そこから先も多分頑張れば行けるのだろうと
漠然とは思っていたけれど
私の心の中にあるのは
「行けるだろう」ではなくて「行く」という強い信念だった。

そう思わないと門入へ辿り着けないような気がしたから。


川上から発電所の東の道を
カルディナ号が入っていく。
すれ違い不可のアスファルトの道はやがて荒れ始め
道の脇の雑草が開けた窓の中に時々入ってくる。

ゆっくりと、進んで行く。

やがて道は整地されたばかりのダートに変わる。
切り開きたてのような壁には擁壁や草も無いが
どうやら工事はこれで終わっているような感もあり
この道も果たしてどこまで持つのか
一歩くんとそんな話題になる。

「いつか崩れそうだよね。」
「まぁ切り土だからまだマシだとは思うけれど。」

ダートの入口にはこんな看板があった。

Img_0001



切り通しのような場所を抜けると程なく
ホハレ峠に到着した。

時計を見ると5時30分になるところ。
川上から30分で到着。

車を崖側ギリギリのところに寄せ
岩で車止めをする。
「門入へ行っています 8/25日帰り予定 水上」
一応車に書置きを残した。

それにしてもすごい眺め。
崖ギリギリのところに立つのは
高所恐怖症の私には怖いかも(笑)。

Img_0004

問題なのはこれから先
まずは崖を下って沢沿いを歩くということだ。

降りる崖がこちら側ではなくて良かった~。

【photos by minami minakami】
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2007/08/25

【速報】ホハレ峠越え結果

昨日の記事には沢山のコメントをお寄せ戴きまして
誠にありがとうございます。
 
結果、ここまで行くことが出来ました。↓

Img_0044

詳しいことは明日以降UPいたします。

実はミナカミ、風邪気味で
昨夜はくしゃみの連続で眠れず^^;
無睡でのチャレンジとなったのですが

どうもぶり返してしまったようで
帰宅してみたら熱がありました。

すんません、今日は寝ます~。

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2007/08/24

ホハレ峠下見計画

MMMさまのコメントに触発され
土曜日、天気も良いみたいなので
ホハレ峠に下見に行ってみることにした。

一歩くんは私に
「まずはお地蔵さんまで車で行けるのか確かめる」
という。

「で、体調はどう?」
「登山靴買ってきたら?」
「念の為テント担いでく?」

う~んと、一歩くんの指すところ
それはつまり…

お地蔵さんまで車で行けたら
行けるところまで歩いてみよう!って事?
^^;


私は早速準備に走った。

まずは靴を購入。
登山靴、というほどにごつい物ではないけれど
履きやすいトレッキングシューズが
手頃な値段で店頭に出ていたのでGET。

それからカ○リーメイトまとめ買い。
500mlペットボトルのお茶は凍らせて
保冷剤兼用として使う予定だ。

トレッキング用のパンツも売っていたけれど
そこまで道具に走るのもどうかと思うし
すっかり山歩き専用となっている
バイク用雨合羽のパンツで対応。

これが結構な厚手でしかも
元々は革パンやジーンズの上から重ね履き仕様なので
山歩きには歩きやすい。
 
地形図と航空写真を印刷。
方位磁針をリュックに取り付けて…

「着替えはどこまで持っていこう?」
「短パンがあれば川遊びも出来るね。」
「昼食はお稲荷さんかな。」
「最後のコンビニは役所のそばの○○だね。」


あ、私もやる気になっている。^^;


まずは果たしてオフロード仕様ではない
(四駆ではあるが)
我が家のカルディナくんでどこまで行けるのか
…だったはずなのに

夜明けにはホハレ峠入り???
暗いうちに家を出る?


話はどんどん飛躍するばかりである。


果たしてどこまで行くのか?
現時点ではなんとも言えないけれど

峠のお地蔵さんで無事を祈願して行こう。

  

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2007/08/11

浴衣で冠山峠

浴衣で冠山峠

そこを通るは美濃国から越前国へと抜ける旅のお人?
それともただのアホ?

かつて鯖江から徳山村へと
峠を越えて僧侶が来ていた話を思い出しながら。

  

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湖、昼。

湖昼
 
通りがかりの徳山。
満水を示す看板のすぐそばまで水は迫っている。

  

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冠越え

冠越え
 
駅にお迎えが間に合わないことが決定したので
冠山峠越えで福井に抜けることにした。

背中の帯のおかげでシートに座っていても安定感がない。

冠山、果たして通れるのだろうか?
(^^;)(;^^)

  

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2007/08/07

ホハレ峠を越えてみたい

家に帰ってきて仕事に行くまでの間
一歩くんはありとあらゆる手段を尽くして
ホハレ峠を探していた。

昨年東海地区で放映された
『約束』というドキュメンタリーの中で
あの夏にお会いした養蜂業のおじいさんが
荷物を背負い犬を連れて
ホハレ峠を越え、旧徳山村門入の
我が家へと帰るシーンがある。

道は崩れ、断崖絶壁の場所を
70代の方が越えていくその姿に胸が熱くなったのは
私だけではなかっただろう。

ところで、そのホハレ峠とはどんな道なのか。
昨夜ホハレ峠の案内看板を見て
一歩くんの心にも火がついたみたいだ。


ホハレ峠は岐阜県旧坂内村川上(※)
旧徳山村門入(※)を繋いでいた道で
昭和28年に徳山本郷への道が出来るまで
門入と他の地域を結ぶ唯一の道だったという。
全長は…10kmとまでは行かないが
地図を見る限りそれに近い長さがある。

ここを何十kgという荷物を背負って歩いたというのだから
ただただ現代に暮らすひ弱な私達は
頭の下がる思いである。

ちなみに今現在、この昔ながらの通称『旧ホハレ峠』と
一部の地図に載る『ホハレ峠』(王子製紙作業道)は
どちらも通行可能とはいえない。
というよりも通行止、通行不可能というほうが正しいのだろう。


ホハレ峠を越えてみたい。

ふつふつとその願望は沸いているが
何分私は上り坂が非常に苦手で歩くのが遅いし
すぐに息が上がってしまう。
(平地・下り坂はいくらでも歩けるのだが)

決してひとりではトライ出来ない。
甘々だが一歩くんという相方が
絶対不可欠である。

一歩くんが本腰を入れ始めたということは
その日に備えて私も鍛え始めたほうが
いいかもしれない。

まずは近所の散歩から。^^;
 

元々旧徳山村自体も
かつてはその下流の旧藤橋村方面よりも
福井方面との交流が深かったと
何度か色々な形でお伺いしたり、目にしたことがある。
(こちらは冠山峠を通じて福井へ繋がっていたので)

今の行政のラインや新しい道路だけでは解り得ない
峠道を通じた地域の交流
方言などもそうなのだと思うのだが

古い道を辿ってみるのも面白いかもしれない
昨日のカルチャーショック303といい
そんなふうに今、思い始めている。


     *     *     *     *     *     *     *     *


尚、今回のブログを書くにあたっては
岐阜国道事務所web内の『ホハレ峠』の記述を
参考にさせて頂きました。
リンク制限があるようですのでここには貼らないでおきます。
(Yahoo検索で"ホハレ峠"と打つと現在1番にHitします)

また、昔の道が決して現代でも同じように通れる訳ではなく
安全であるとは言い切れない(というより危険)であることを
念の為付け加えておきます。

人が通らなくなった道の恐ろしさを
野崎島・舟森で実際に崖に落ちかけた身としては
伝えておかねば。。。


※平成17年の市町村合併により現在は共に揖斐川町

     

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2007/08/06

変わらないのは夜空だけ

福井からの帰り道、北陸道
表示板には
「大垣 - 一宮 渋滞13km」

「えっ13km?」
「どうする?」

降りたのは滋賀県、木之本IC
そこから国道303号線で
岐阜県の坂内まで抜けることにした。

303号線といえば昨年の春
通行止めで通れなかったあの道
ホハレ峠の入口があるところ
通い慣れた徳山村への道の途中。

前回通れなかった坂内側の
国道303号線は決して快適な道には見えなかった。
道を封鎖したゲートの向こうにあるのは
酷道を思わせる細い細い道。

「だけど確か立派な道がネットに出てた。」
そのひとことで一歩くんは
迷わず木之本ICで出口に進んだ。


遠くに見える琵琶湖の花火
少しだけ、得した気分。

車上荒らしから復活した真新しいナビには
確かにトンネルが表示されてるし

「きっとすごい道が出来たんだよ~。」
私はそう明るく話すけれど
何分時刻は午後8時。

内心は少々心細いヘタレだった。


一方、ゲート封鎖の酷道しか見ていない一歩くんは
ICを降りてしまえばもう強気。
「何とかなるさ~。」と言いながら
木之本ですかさずガソリン給油。

住宅街の間を抜ける細い303号から
とつぜん大きなトンネルへ
そこから快適に続くワインディングロード。

「これはバイクで来たい道だな~。」
坂内側のゲートの呪縛から解かれた一歩くんは
ちょっとご機嫌にハンドルを握る。

え~だけどちょっと待った気になる。
オニギリ、時々エライ小さくてすごく錆びてる。
(オニギリ=国道の看板)

違う意味で私もテンションが上がってきてしまった。


果たして私達が見た坂内の酷道と
オンロードライダー好みの道は繋がるのだろうか?

何度か目に入る「通行止」の看板
それはきっと八草峠のある旧道の方だって。
…そう一歩くんと自分に言い聞かせて。

ふたりとも初めて通る"あの道"に
ドキドキワクワク。
しかもその初めて通る時というのが
よりによって日曜の夜の帰り道
渋滞回避の為。

そのハイリスク感が更に私達をどきどきさせた。


進んでいくうちに道はどんどん狭くなり
勾配もきつくなっていく。
気がつくとさっきまでの快適な道はどこへやら
道には湧水が流れ
両側を林に覆われた林道に近い道
車同士のすれ違いも不可能。

ナビにはこの先に
真っ直ぐで長いトンネルが表示されている。
この、縮尺200mではV字カーブのある
この険しい道のこの先に。

「ほんとうにあるのかな。」
日曜日の夜の林道のような国道の中
ふたりは半信半疑
 
…と、思ったら突然出た!
それは3km近くある真っ直ぐな大きなトンネル

オレンジ色の光に照らされたトンネルは
まるで過去から突然近未来に連れてこられたような
そんな不思議な気持ちと興奮に包まれた。

「すごい!」


カルチャーショック303。
あまりにも凄過ぎる新道と旧道の落差。

ただこの険しい区間にも橋脚が建てられており
もうそう遠くない未来に、この山の中の道は
走りやすい道路に変貌を遂げるのだろう。

生活をする上で利便性はありがたいことだけど
…でもこの険しい山道も
趣があっていいのにな。

新しい道が繋がっても残っていて欲しいな、道として。
 
「昔の街道なのかな。」
「そうかもしれないね。」
 
ホハレ峠の案内看板の前に出て
見たことのある場所に戻ってくると
ふたりでそんな話をした。


「ここまで来たんだから、行っちゃおうか。」

普通ならここで横山ダムのT字路を
303号と共に右に折れて帰るところ。

しかし私達はそこで左に折れ
国道417号へと進んで行った。

その先にあるのは徳山ダム。

こんな真っ暗な日曜の夜
誰も居ない道を
初めての夜の徳山ダム。

「そういえば丁度1年前が徳山キャンプだったね。」

夜道にはダンプも無く
外灯も無い道が続くのかと思っていたが
藤橋城から先、大きなトンネルを徳山へ続く区間では
間の大きな橋にも外灯が灯り
所々で車を停めて歩いている人がいた。

こんな夜中(山だから)に何してるんだろ?
と思っていたら一人が虫かごを持っていた。

どうやら皆虫取りをしているようだ。


徳山ダムの上にも灯りが灯る。
あの湖を跨ぐ大きな橋にも灯りが灯る。

徳山会館の展望側の庭にも灯り
良く見ると徳山会館の宿泊客のおじさま達のようで
お酒も進んだのかランタンの光の中で
上機嫌に下ネタ話の花を咲かせていた。^^;

私達は車を停め
そのランタンの灯りのお邪魔にならないように
脇にそれて庭を横切った。
 
暗闇の…眼下に広がるのは

湖。


「あ~。」


あの場所には小学校の校舎が見えたのに。
覚えてる、私も一歩くんも
その場所も道もひとつだけ灯っていた外灯の位置さえ
明確に覚えている。

ここからみる校舎の高さも。
あれから1年近く、水位の方が校舎より
はるか上に来てしまったけれど。

私達の覗き込んだ闇の中の湖の下
どうやらふたりとも同じ風景を記憶の中で
はっきりとトレースしているようだった。


「変わらないのは、夜空の星だけだね。」

見上げた空には天の川
目の前にはもうすぐ山に隠れる北斗七星。

「流れ星、見えないかな。」
そういった直後に流れ星が流れて
私は思わず「あっ!」と大声を上げた。

「願い事言うの忘れた~。」
「やっぱり○猫さんじゃないけど"カネカネカネ"かね。」

戸入のキャンプの夜。
流れ星が流れている間に出来る願い事を
ランタンの灯り頼りに、上機嫌に酔っ払いながら
話していたのは1年前。


あれから1年で、わかっていたことだけど
こんなにも変わってしまう

あまりにも急激に
目の前の出来事がまるで嘘だったと言われたみたいに
何もかもが

この闇の湖の下。


流れ星、願い事を今するならば
出来ればこんな風に誰かのふるさとを
奪って欲しくはない。

大雪の徳山小学校の校舎との出会い
あれから1年半、私達の見たものは

あまりにも重い出来事だったのだと思う。
でもそれは徳山村という場所のたった1年半でしかなくて
何十年も続いたダム建設の話
"徳山村"というひとつの自治体の消滅
全員の離村、移転、大きな工事

その出来事が起こるまでとうとうと続いた
長き徳山村の歴史。
そこに暮らしたひとりひとりの人々の


生まれた場所、良き思い出ばかりはなく
辛いこともあり色々な出来事が
幼き記憶だからこそ色濃く

ふるさとへの思いは人それぞれだけれど
ふと、訪れたくなったときに


自分のふるさとが過疎化していく寂しさを
一歩くんも良く知っているけれど
これはそれとは全く違う。

"そこになくなってしまう"


変わらないのは夜空だけ
1年後の徳山村の夜。

暗闇の湖にカメラを向けても
何一つモニターには映ってはいなかった。


     

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2007/01/20

徳山再び ダムと山村とあの場所の風景 3

夕暮れ時急いで訪れたのは
とても大きな公園で
駐車場には沢山の車が停まり
人々がのんびりと歩いているような場所。

大きな野球場の脇を通り抜けると
池の向こうに緑と大きな茅葺屋根の家が見えてきた。
   

Img_0027_3

『徳山村の民家』

あの増山たづ子さんの戸入の家が
ここに移築されている。


Img_0029_5 Img_0030_4

昭和61年の説明書き
それから20年経過した今は
何かが少しづつ違うような気がする。

徳山ダムって治水目的って今は謳っていたような。
そして増山さんはカメラおばあちゃんとして
とても著名な方となった。


Img_0031_3

『増山さん家』は
昼間は扉を開け放してあり
中を自由に見学することが出来る。

当時の農具がそのままに
家の土間部分に並ぶ。


Img_0033_2

囲炉裏。

長年の時の流れと
燻されて出来上がった
こげ茶色の内装。

古い箪笥。

囲炉裏の前に座りあたりを見回すと 
ここが民宿増山屋だったころの風景に想いを馳せた。


青竹で燗をし
囲炉裏端を沢山の人が囲む
増山屋の風景。

その中に自分が居る気持ちになって
お茶を飲み外を眺めると
もう閉館の時間となってしまった。

係の方に記念写真を撮って貰い
腰を上げて外へと出ると
がらがらと増山邸は閉められた。


最初に見た初春の戸入の風景
増山さん家があった場所に
目の前にあるこの家を
頭の中で挿入してみる。

沢山の茅葺の家を
私の知っている戸入の景色の中に挿入してみる。

高台には木造校舎と椿の神社のような鳥居。


そんな想像を膨らませると
ついこの前まで歩いていた戸入の景色が
遠い場所になって尚鮮明に甦り

私は増山さんの家の前に座りながら
もう一度戸入を歩いたような、そんな気持ちになった。

Img_0028_3

緑色の背景と近くにある水面が良く似合う。

整備された公園の中ではあるけれど
山村ののどかさの中に一瞬スリップしたような
そんな増山邸訪問だった。

そう、これが本来の徳山村の姿。
椿で感じた懐かしい匂いと同じ。

のどかで、どこか心安らぐような。



徳山村はこれから先
何処へと向かうのだろう。

工事が終わりほとぼりが冷め
また静かな場所にいつかは戻るに違いないけれど
私は湖に沈むその姿を直視出来るのだろうか。

私がこの1年歩いてきたのは
村の跡であり決して村そのものではないけれど
だけどそこにはかつての暮らしの匂いが深く残り
その場所が沈むことを
今では想像することさえ辛い。

だけど現実は刻々と迫っている。
私の歩いた場所は湖へと沈み始めている。

徳山村という場所が、なくなる。


帰り道ハンドルを握りながら
今日訪れた3つの場所のリアルの間で
私は色々なことを考えていた。

豊かさ、って何だろう。

閉村直後の大夕張と出会って思った疑問を
もう一度心の中で問いかける。

答えはまだわからない。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
Special Thanks to : Aさん Bさん
↑こうして書くと新聞記事のようですがそうではアリマセン(^^ゞ
参考文献等 : 『HEYANEKOのホームページ』
HEYANEKOさん毎度どうもです<(_ _)>

【photo by minamiminakami】
画像はクリックで拡大します

 
← 徳山再び ダムと山村とあの場所の風景 2 
最初からご覧になるには → コチラ

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2007/01/19

徳山再び ダムと山村とあの場所の風景 2

徳山再び ダムと山村とあの場所の風景 1 へ

排気ガスを避けるように
ロードスターの屋根を閉め
さっき通った道を帰る。

途中で真新しい付替道へ
根尾方面に向かう。

馬坂峠を越え
もういちど屋根を開ける。
先程までのよどんだ空気は何処へやら
美味しい、そしてこれが本来の
山の空気。

大きく深呼吸する。
紅葉が始まり掛けた山の緑の中で
緊張が少しほぐれる。

そう、何故だか緊張していた。
あまりの人の多さに疲れていた。

試験潅水が始まった徳山村は
よくわからないテンションに包まれていた。

だけど本当は徳山村も
こんな風にのどかで
おだやかで

夕焼けの似合う場所だった。
 

少しだけ寄り道
町からほんの少しだけ道を反れて
山へと向かう細い道へ

立ち並ぶ針葉樹
短距離で景色はがらりと変わり
小川が流れるその場所の名前は『椿』。


Img_0016_4 Img_0018_2
Img_0019_2 Img_0021_2

北武芸小学校椿分校。

草むらの向こうには大きなブランコ。
小さな学校だっただろうけれど
こんな大きなブランコ
きっと、楽しかっただろうな…

ブランコを漕ぎながら靴を飛ばしたり
揺れているブランコから飛び降りた幼き記憶。

小さな私は
今よりも勇敢で怖いもの知らずで
相当のおてんば娘だった。

椿の閉村は昭和46年
椿分校も同じ年の閉校。

家に帰りHEYANEKOさんのHPを見ると
もう一度椿に思いを馳せた。

つまり、あの場所に残っているのは
きっと私が生まれた頃の風景。。。

Img_0023_5

きっと長い歴史のあるだろう
山奥の立派な神社は

これもまたどこか幼き記憶に似ていて
ただただ懐かしい気持ちになった。

考えてみた。
何故懐かしいのだろう。
 
私のDNAに刻まれた
記憶の欠片が懐かしいと思わせているのかもしれない。

きっとかつての山村には
何処にでもあった風景。

そののどかさを…
閉村して35年経つ椿は尚、持ち合わせている。

もっとも椿は閉村後も現在まで
人は絶える事無くこの場所へ入り
きちんと山の手入れをしているようである。

今日も何か新しい建物を建てている方が居た。
 

街からほんのちょっとの距離。
このほんの少しが
椿という場所を閉村に追い込んでしまったのだろうか。

冬は雪に閉ざされるのだろうか。

詳しいことはよく解らないけれど
都会の喧騒とは正反対のこの場所に
短時間居ただけだが
ものすごく心がリフレッシュされたような
 
そんな思いを感じながら
木立の中所々差し込む西に傾き始めた日差しを浴びて
ゆっくりと椿を後にした。

夕刻が迫っていた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

この話につきましては
2ヶ月も間を開けてしまいまして
本当にスミマセン。
<(_ _)>

再度『1』よりご覧いただければ幸いです。

あと1話、このお話が続きます。
次はもう一度徳山村に所縁のある場所へと
足を運びます。

明日UP予定です。

【photo by minamiminakami】
画像はクリックで拡大します

 

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2007/01/15

雪の中の小学校に逢いたくて 2

Img_0075_1

小雪ちらつく徳山村に
夕日が当たり始める。

ここが湖になって尚…
徳山村には夕焼けが似合う。

湖底のかつての道を歩いた
その残像がそう思わせるのだろうか。

大きく姿を変えた徳山村。
だけど徳山村には夕日が似合う。


Img_0078_1

立派な付替道が出来た
根尾へと向かう道は勿論冬季通行止めで

私達は帰り道にもうひとつ
あの場所へと立ち寄ってみることにした。

徳山ダムの下にある
川のトンネル。

Img_0017_5

徳山ダムがよく見える場所からは
行けそうな気がするけれど

果たして…。

旧道を進む。


Img_0081_1 Img_0013_3
(徳山ダム下の"川のトンネル" 右は2006.9.10)

夏には右のトンネルから水が出ていたが
今回はそのトンネルの水は止まっていて
中には軽乗用車が入っている。

代わってかつて道として使われた左のトンネルから
轟々と水しぶきを上げて勢いよく水が出ている。

人の力は…。

その向こうには新しい"川"があり
放流したら水はその場所を通るのだろう。

これから何年後
この場所は一体…どんな景色になるのだろう。


家路を急いだ。
もう夕暮れが迫っていた。


いつも通りがかりの"親"の風景。
徳山ダムの下流にある横山ダムにも
かつての集落が沈んでいるという。

その名前は"親"。

今は石碑が建っていることで
そこに集落があったことを
垣間見ることしか出来ないけれど…。


だけど今日は違った。

ここのところ横山ダムは
土砂を取り除くために水位を下げている。

今までになく川のようになった湖。
よくみるとその向こうに…

Img_0103_2

!!!

最初幻を見たのかと思ったけれど
・・・違う!
これは間違いなく、親の吊り橋…。

私達は大急ぎで車を停め
川岸へと駆け寄った。

間違いなく顔を出していたのは
吊り橋の橋脚部分だった。

親の記念碑を凍えながら読んだ。

Img_0109_4
 
「昭和35年に離村~~~ 建立は昭和39年だね。」


果たして、親の吊り橋が水没してから
何度こうして顔を出したのかは
私達にはわからない。

だけどこうして石碑の脇
夢でも幻でもなく
そこに吊り橋がある。


寂しいばかりの帰り道
少しだけ…嬉しくなった。

石碑でしか知らない
親というかつて人々が暮らした場所に出逢えた。

親の吊り橋に出逢えた。


そしてもう逢えない徳山小学校も
私達の大好きだった戸入の吊り橋(プロフ写真参照)も

もしかしたらいつかまた…逢える。

Img_0117_3 Img_0119_1

道路の下に見える吊り橋が
使われていた頃の風景は
一体どんなだったのだろう?

昭和35年…きっと親の原風景を覚えている人は
今頃50歳以上なんだね。

吊り橋、どう思うのかな。
悲しいより…嬉しいのかもしれない。

ほんとうのところはわからないけれど。


そうして親の風景をあれこれ想像しながら
私達は家路へと着いた。

ダムとその場所に存在した村。

今回も色々と考えさせられ
思い色濃い一日だった。


     *     *     *     *     *     *     *     *     *

※この記事は私達の個人的な旅を記録したものであり
 冬季の徳山村訪問を推奨するものではありません。
 国道417号線は藤橋城にてゲート封鎖されております。
 くれぐれも行動は自己責任でお願いします。

【photo by ippo&minami minakami】

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2007/01/14

雪の中の小学校に逢いたくて 1

雪の中の小学校に逢いたくて
徳山村まで足を伸ばした。

自信は無かった。
12月の時点で校舎が水没し始めているのを
mixiで知っていた。

去年の今頃
何となく行ってみて
間近に見た雪の中の徳山小学校

もう一度逢いたいけれど…
見るのが怖い。

車のスピードが落ちて行く。
国道417号は藤橋城前でゲート封鎖。

だけどするりと…あの場所へ行けてしまった。

雪の中の徳山会館。

Img_0025_4

向こうに見える景色は
エメラルドグリーンの清き揖斐川は

あの校舎は…。

Img_0029_4 Img_0001_4
(徳山本郷方面を望む 右は同じ場所2006.11.18)

逢えなかった。
もう逢えない。

眼下に広がるのは
川ではなく湖で

橋も道も校舎も
全てが湖の底に沈んでいた。


気温は低く
心も寒々しく
私達はその風景を前にただ立ち尽くすだけ。

持って来たポットのお茶だけが温かく
凍りつきそうな私達を暖めていた。

Uターンして新しい橋を渡り
更に奥へと進んだ。


あの夏心に強く残った
山手橋があったはずの景色。

Img_0044_3 Img_0017_4
(山手方面を望む 右は同じ場所2006.11.18)

全て水面の下
揖斐川は…

徳山村に流れた揖斐川は
既に川ではなくなっていた。


Img_0048

櫨原分校のあった辺りは
かろうじて川の形を残している。

ここももうじき…
この風景は見られなくなるのだろう。


Img_0064_1

塚林道へ向かう仮設の道は
途中まで除雪されていたが
それもあっという間に雪にかき消された。

向こうに真新しいガードレールが見える。

底冷えする寒さに
私は思わずお茶を取り出したけれど
その姿はとても寂しそうに
カメラの中に収められていた。

Img_0071

一歩くんもとても寂しそうだった。
ふたりはことば少なく

時々ただ…寂しそうに見つめ合うしかなかった。

【photo by ippo&minami minakami】
画像はクリックで拡大します

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2006/11/12

徳山再び ダムと山村とあの場所の風景 1

11月4日朝
私は岐阜羽島駅で待ち合わせをしていた。

駅の脇には横付けしたロードスター
今から向かうのは、徳山。


晴れ渡る暖かな一日
だけど足取りは重い…。

藤橋の道の駅で長い時間を過ごし
走り始めたワインディング

徳山会館の展望台には沢山の人が居た。
今はもう観光地なのかもしれない。

それとも、大きな徳山の地の中で
今は自由に歩ける場所はここしかないからか…。


あの場所はゆるやかに水を湛えていた。

Img_0008_2

聞こえるのは山の生き物達の声ではなく
今はダンプと人の話し声。

紅葉したまま沈んで行く木を眼下に
不思議な気持ちを抱きながら
こことあの場所との空気の違いを感じた。

そう、もうあの場所を歩いた世界とは違う
違う世界からあの場所を傍観している。。。


真新しい大きな橋を渡り
トンネルは猛スピードで 
間の橋はゆっくりと進んだ。

少し上流の景色はあの夏の日の面影を残していた。

Img_0012_2

目がくらむほどの高さの場所から
向こうに見えたのは…

山手橋。

きっと人が居なくなる前から変わらない
徳山の風景。


まさか山手橋にもう一度会えるとは思わなかった。
嬉しくて大急ぎでシャッターを押した。

もう写真か夢の中でしか逢えないと思っていた。




Img_0014_5

塚林道へと道が切り替わる場所には
新しい家屋と沢山の車と人

ダンプが行き交う横
作りかけの公園で人々はお弁当を食べていた。

少し異様な光景で
私達はただ、下を見ないようにして
道の駅で買ってきた軽食を食べた。


だって下に広がるのは工事現場。

紅葉し始めた山の景色と
グレーがかった袂の様子は
あまりにもかけ離れすぎていた。

ダムへと変わるかつての山里の
空気は排気ガスで汚れていた。

ここが丁度長いトンネルの出口だからかもしれないけれど。


何だかかなしくなった。
 

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2006/10/23

Ave Maria

徳山村は静かにそのときを迎えていました。


小雨降る徳山
まだまだ工事は続いているようで
ダンプの列に紛れて私は車を走らせる。

真新しい橋を渡らずに左へ
新しく出来た徳山会館の目の前に
満水時の水位を表す
赤と白の看板。

そのはるか下に
あの校舎と、あの道と

沢山の人々の沢山の思い出。

その中にほんの少し
私達の思い出。

Img_0015



そのときは本当は静かで

安らかなものなのかもしれない。


眼下で繰り広げられる工事の音も
静かな雨と、静かな徳山村に掻き消されて
今は何も聞こえない。

夏に聞いたセミの声も
ウグイスの声も聞こえない。

川のせせらぎの音も聞こえない。
 

かつての根尾へ抜ける道に架かっていた
小さな橋はもうほんの少し頭を見せるだけ。

通い慣れた仮設の橋も沈みかかり
その先にはもう誰も居ない。


私はただ黙って徳山村を見つめていた。
ただ見つめていた。

見つめていたかった。


雨は酷くなりはじめ
傘も差さないグレーのトレンチコートの肩が濡れて
それでも私は徳山村を見続ける。

「風邪引いちゃうよ。」
見知らぬ男性がそっと私に声をかけてくれました。



徳山村の時間が
止まっているようにみえました。
 
止まってしまったのかもしれません。

徳山村が徳山村の面影を残した時間が
止まってしまったのかもしれません。


これから先静かに
徳山村は水を湛えていくのでしょう。

沢山の人の思いをそっと抱いて
静かに沈んでいくのでしょう。


不思議な静寂、今はもう
湖の色をした揖斐川の流れ。

なぜその静けさが安らかにさえ思えたのか
私にもよくわかりません。

何かを通り越してしまったからなのかもしれません。
人間の感情や欲望や計算や何か

そんなものとはかけ離れた場所へ
徳山村は行ってしまったのかもしれません。



付け替えられた道を辿って根尾へと抜ける途中
ただ私の頭の中では
サラ・ブライトマンのやさしく歌いかける
”Ave Maria”がぐるぐると流れていた。

それはことばでは上手く表せない
私の心や感情の欠片なのかもしれない。

 

【photo by minami minakami】
 
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2006/10/21

言葉を失う

水没していく徳山村の画像を
mixiの廃村コミュで見た。

ついこの前までひとりで

一歩くんとふたりで

HEYANEKOさん、敗猫さん、ばばしんさんと

そしてばったりと先生に会ったあの道が
すでに水の中に沈んでいる。

徳山小学校の目の前に
水が迫っている。


言葉を失った。


いつかこの日が来ることは解っていたけれど
だけどどうして

本当にもう、湖の中へ
あのエメラルドグリーンの川が

ほんとうに湖になってしまうのね。


最後に手にとって眺めた薄の穂
今はもう水の中。


だたその画像を見て今は涙を流しているけれど
それでも、この目で見たい。

今の徳山村を。
 
 

     *     *     *     *     *     *     *     *

追伸

水上写真館に昨日届きたてホヤホヤの
一歩くんの写メールを一部公開しました。

『広州再上陸』のフォトアルバム
5枚目の怪しげな魚?からが本日UP分です。

昨日の夜中、一歩くんがSKYPEで話しながら
一生懸命画像を送ってくれました。

その数何と44通!

残りは追々UPしていきます。
お楽しみに。

     *     *     *     *     *     *     *     *

その一歩くんも遠く広州から
徳山村の画像を見て、言葉を失っていました。

「俺が帰ってくる頃には…。」

そうして私にこう言いました。


「みなみ、明日行ったほうがいい。俺の分迄見てきて。」
 
 

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2006/09/21

Last Impression

行って来ました、徳山村。

最後の最後にCF忘れました
IXYは使い物にならず。

以下、ケータイで撮影した画像です。
 
 

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2006_0921_102 2006_0921_101
 

辿り着いたら夢の跡
ダンプ行き交う土埃の中
ただただ立ち尽くして私は見ていた。

スケルトンの徳山小学校を
目の当たりにするなんて
あの吹雪の日には思ってもみなかった。

図書室の本棚
教室の黒板
何もかもが無くなっていた。

涙が出た。
 
 


2006_0921_103 2006_0921_104
 

青い家、外灯、水仙の芽
桜の木、パチンコ屋の看板

ここで私が目にしたもの
全ては夢の跡

そして夢の跡。


グランド側に回ってみた。
 

2006_0921_106 2006_0921_107
2006_0921_109 2006_0921_111


時計は外され
遊具はそのまま残されていた。

そっとひとり徳山小学校に入り込んだ私を
工事の方々はそっとしておいてくれた。


国道を歩いた。



2006_0921_028 2006_0921_027
 
 
ケータイの充電は使い果たしてしまった。
 


仮設の橋の袂
空き地には抜かれた電柱が並べられている。

川向こうでも工事の音が
ひっきりなしに聞こえる。

あの土山の上
ダンプがきて土砂を下ろす。
 

私はもう一度車を停めて
黙って校舎を見る。

ただただ見つめる。
   

山里の立派な校舎は少し離れて全体を眺めると
その構造物以外の物をほとんど取り去られてもなお
どこからか子供たちの声が聞こえてきそうな
そんな風格を湛えてそこに建っていた。

初めて見たあの印象は
最後まで変わることはなかった。



徳山村の夕暮れ
徳山小学校の校舎

徳山村には夕焼けが良く似合う。


エメラルドグリーンの流れは変わらず
振り返ると目の前に広がっていた。


もう一度私は徳山村の大地を踏みしめた。



*毎度ですがクリックで拡大画像がご覧いただけます。

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2006/09/12

一歩くんが見た校舎

昨日の話の続きになりますが…


一歩くんが徳山小学校に足を踏み入れたのは
昨日が初めてのこと。

一歩くんのカメラの中には
こんなもの入っていた。
 

セピア色の写真だった。

Img_0872 Img_0870
Img_0883 Img_0882
Img_0884 Img_0894


一歩くんは校舎の中
何を感じたのだろう。

いちばん強く感じたのは
寂しさ、なのかもしれない。


カラーでもモノクロでもない
一歩くんのカメラの中

なんとなく、そんな気がした。



徳山小学校の図書室の図書は
出来るだけ残す方向らしい。

図書室にまだ残っていた
宮沢賢治の『星の童話集』は
この先どうなるのだろう。

夥しい虫の死骸
ガラスのない窓の傍の棚
ふと惹かれてそっと本棚から出してみた。
(写真は昨日の記事参照)

何ページか読み写真を撮って
もう一度本棚に戻したけれど

いつの日か、あの本に
もう一度どこかで出会えたら嬉しい。


月曜日、撤去工事は再開されているだろう。
あの本は今頃どこに居るのかな。

誰かの手であの本が運び出されますように。
これから先大切にされますように。


*毎度のことですが画像はクリックで拡大します。

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2006/09/11

徳山村で見た幻

徳山村へと向かう道
いつもと様子が違う。

岐阜や愛知のナンバーをつけた車が
前を連なって走っている。

潅水試験を前に皆足を運んでいるのか?


私達は混雑を避け藤橋城からまずは旧417号へ
その道の先に何があるのか行ってみた。
 

Img_0015_2

通行止のゲートの先は
かつての川が堰き止められ
大きなパイプから川の水は流れて出ている。

驚いた。

近づいて見たくて
車を降りゲートの脇を歩いてすり抜けた。

ヒルに血を吸われた。

雨が激しく降ってきた。


 

徳山小学校前の土山の上
車が何台も停まっている。

どうしたことか。

行ってみると校舎のほうから声がする。
屋上に人が上がっている。


校舎をぐるりと塞いでいた板が全て外されている。

土山の上に車を停め
老若男女が徳山小学校へと歩いて向かう。

私達も歩き出す。

Img_0117_1


薄の穂が顔を出す
初秋の徳山小学校。
   

Img_0112_1 Img_0024_1
 
 
 


Img_0070_1 Img_0029_1
Img_0090_1 Img_0085_1
Img_0077_1 Img_0102



荒れ放題の校舎の中ではあったけれど
ひとつひとつが愛しく
窓から差し込む光は美しく

落ちていた台本の最後は
「まっくろけのはぁなし。」


私はただただシャッターを押し続けた。

何でそんなに無心にシャッターを押したのか
自分でもよくわからない。

家に帰ってみてみるとその多くがピンボケだったけど…。



その後私達は塚林道から福井へと抜けた。
雨が止み、青空が見え始めると
山には虹がかかっていた。


Img_0140
 
 


幻と現実の間のような一日
いまはまだうまく言葉に表せない。

ただ、カメラの中には
それが夢だったのか現実だったのかを
私達に認識させてくれる
沢山の写真がある。


たまには私も違う表現方法をしてみようかと
今、そんなふうに考えている。


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2006/09/02

1泊2日徳山村の旅 番外編3

戸入にはもうひとつ
どうしても見たかったものがある。

増山たづ子さんの「友達の木」。
川の支流の脇に立っていると聞いていた。

工事用の橋の脇を降りて
私達は河原を歩き始めた。


Img_0153 Img_0149
Img_0142 Img_0144

私はジーンズの裾をたくし上げ
小川の安定した石の上を歩いて渡る。

一歩くんは勢いをつけて一気に飛び越える。
(かっこいい…)

だけどあの木は見つからない。
友達の木は見つからない。


あ…
このワイヤー、もしかして…。

Img_0150


対岸を見ると…

Img_0152
 
 
かつての戸入にはふたつの吊り橋があった。
私達が渡ったのは「下手の橋」
 
そしてもうひとつ
木で出来た「上手の橋」。

上手の橋はすでになくなってしまっていると
どこかで見たような気がしたが

これは間違いなく…上手の橋。

増山さんの写真集の記憶。


思いがけなく上手の橋を見つけた。
最後の最後に上手の橋に出逢えた。

たとえ渡れなくても今はとても嬉しい。

あっ…そうだ敗猫さんに見せなくっちゃ…
写真写真…。


後日敗猫さんから
友達の木は流されてしまったことを聞いた。

切なくなった。




辺りはすっかり薄暗くなってしまったけれど
それでも私達は門入へと向かうことにした。

あのトチ蜜を買いに行って
一歩くんはおじさんにストレートに訊いた。

「9月1日から通行止めになっちゃいますよね…。」

おじさんは言葉を濁してしまった。


私はただ、
「また絶対に買いに来ます。」としか言えなかった。

愛知からじゃ遠いでしょ、と言われても
それでも絶対に買いに来ますと言った。

また来たい、また来たい。
門入にまた来たい。

道がなくなっても
これからどうなるのかわからなくても

また門入へ来たい。


今さっき瓶に詰めて貰った
綺麗な金色のトチ蜜の瓶を抱え
帰り道は既に真っ暗になっていた。

ハイビームで外灯の無い道
戸入…。


「ね、ちょっと待って。車のライトで…。」
「んっ?」

一歩くん
戸入の吊り橋へ続く道の入口に車を停めた。 



カルディナのライトで照らされた道
もう一度歩いて吊り橋の前へ

暗闇に響く水の音。

充電残り僅かのカメラで
1枚だけ頑張ってフラッシュ撮影

これがほんとうのミナシマイの戸入の吊り橋。

Img_0853

一歩くんと私にとって
この橋はほんとうに大好きな橋で

大好きな場所で

思い入れが深く
お別れをするのは名残惜しくて…

だけど、これでミナシマイ。


「吊り橋さん、ばいばい。」

写真を撮り終えると私達は
吊り橋を吊っている古いコンクリートを
そっと手で撫でた。

月の無い夜
ふうっと涙が溢れた。




開通前の真新しい大きな橋
これから出来る湖を跨ぐ橋

誰も居ないのをいい事に
工事用のゲートでふさがれた向こう側を覗いてみた。

Img_0156

その先は真っ暗闇で何も見えなかった。


秋の頃に来るときには
私達はこの橋を渡るのでしょう。

そのとき見える風景は、どんなものになるのでしょう…。


     *     *     *     *     *     *     *     *     *

<参考文献等> 敬称略
『増山たづ子徳山村写真全記録』増山たづ子
『むささびのいた家』大牧富士夫 
           (編集グループ<SURE>内に連載中)
『HEYANEKOのホームページ』HEYANEKO
『サラリーマンの休日 ちょっと行ってくる』zinzin
mixi『廃村』コミュニティ内の書き込み
HEYANEKOさんより戴きましたかつての住宅地図
敗猫さんより戴きました雑誌の1ページ(雑誌名不明)


     *     *     *     *     *     *     *     *     *


*旧徳山村内の町道及び林道は9月1日より通行止となりました。
よって戸入方面に一般者が入ることは現在出来ないと思います。
道の上でも工事を行っており落石も有る為通行は危険です。
くれぐれも無理をして戸入へ行こうとするのはお止め下さい。

*潅水試験は9月25日より始まる予定です(9月2日現在)。
現在のところ徳山小学校前までは行けるのではないかと思います。
しかしこちらも工事車両の通行が激しく
場所によっては道も険しいので充分に注意をして下さい。
残念ながら先日旧徳山村内で痛ましい転落事故も起きています。

*『1泊2日徳山村の旅』内の画像につきましては
基本的にはクリックで拡大したものをご覧いただけますが
個人を判別出来る写真につきましてはその限りではありません。
ご了承下さい。


     *     *     *     *     *     *     *     *     *


今回のオフミートの主催者HEYANEKOさん
ご参加の敗猫さんzinzinさん、ばばしんさん
門入でお会いしましたきたたびさん
残念ながら欠席となってしまったe-conさん
そして最初から最後まで行動を共にした一歩くん

皆様ありがとうございました。
とても楽しくまた色々なことを感じ、知ったオフミートでした。

皆様と一緒に再びこんな旅が出来たらいいなと思っております。
(次回宿泊は東杉原で決定ですか、と早々に言ってみるw)
 

それからミナカミは勢いで今回のブログをUPしましたが
「ここはヘンだな~」「これドウヨ?」という部分がございましたら
お手数ですがミナカミまでご連絡をお願いします。
早急に対処いたします。<(_ _)>


追伸
「茅輪くぐり」に関するコメント、皆様面白すぎ!

【photo by Ippo&Minami Minakami】

 

番外編 2 ←

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2006/09/01

1泊2日徳山村の旅 番外編2

Img_0840

いつもの道。
愛しくて愛しくて仕方が無い。


吊り橋へと続く道。


Img_0105 Img_0106
Img_0109 Img_0108


私達のお気に入りの撮影ポジションは
増山たづ子さんの写真と同じ場所。

橋の前の石垣の上。

背の高い雑草にびっしりと覆われて
私が諦めていると
一歩くんは無理矢理脇の小さな石階段を昇り始めた。



「みなみ。」
「んっ?」

「最後だから。」

 
振り返ると一歩くんが足で雑草をなぎ倒して
”増山ポジション”へ行く小道、復活。
 
   
Img_0844 Img_0845
 

私もその場所へと登り
今度は私が一歩くんの姿を捉えた。
 

Img_0112 Img_0115

 
 

Img_0846 Img_0848
Img_0116 Img_0117
 
 

Img_0137_5 一歩くんミナシマイ(*)の吊り橋
 

  あたりは薄暗くなりはじめていた。




*最後。増山たづ子さんの本の中では「最後」の文字にこうルビが振られている。 

【photo by Ippo&Minami Minakami】

 

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2006/08/31

1泊2日徳山村の旅 番外編 1

8月19日 日曜日

宮崎からの帰り道
福井経由で徳山村へと立ち寄った。

冠山林道は福井県側で崩落の為通行止め。
私達は一旦越前市まで戻り
今庄から塚林道を走って徳山村へと入った。

Img_0818 Img_0822
Img_0826 Img_0086
Img_0088 Img_0087_1
Img_0828 Img_0829

”旧徳山村内の町道・林道は8月17日より通行規制
 9月1日より通行止め”

先日のフィールドワークに関するとある場所の
e-conさんの書き込みを宮崎からケータイで見て知った。

つまり、私達が戸入へ行けるのはこれが最後となる訳で…。
 
 
   
 
林道が終わると今度はかつての道の下
河原側に付け替えられた砂利道を走ることになる。

大きなダンプが何台も向こうから走ってくる。

Img_0091 Img_0092



橋の向こう側から見る徳山小学校は…

Img_0096



果たして戸入まで行けるのか
私達のような者があの道を通れるのか


Img_0098 
Img_0101
 

警備員さんは何も声を掛けることも無く
にこやかに訪問客を通してくれた。

脇にはこの看板が立っていた。

Img_0097


寝耳に水のような
だけど考えてみればもう時間が無い
 
門入に暮らす方々はどうなってしまうの?


複雑な想いを抱えながら戸入への道を向かった。
17時5分、私達に残された時間もあと僅かだった。

あの吊り橋へ。

【photo by Ippo&Minami Minakami】

 

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1泊2日徳山村の旅 9

その後私達は谷汲温泉で汗を流し
昼食を済ませると私と一歩くんはぼぉっとTVを見ていた。

高校野球、もう始まったんだ。
時の流れは年齢と共にどんどん加速する。

汽車の時刻の迫る敗猫さんを駅まで送る。
谷汲口駅のホームの端の、
古い看板に何故だか愛着を感じる。
 


その後私達は本巣市役所の隣にある
歴史民族資料館を訪ねた。

残念ながら休館日だったが
ここには戸入の神足家の民家が移築されていて
その外観や外に置かれた民具を見ることが出来た。
 

Img_0765

それにしても大きい。
3階建てだと書いてある。

あまりにも大きくて全体像を撮影していませんでした。(^^ゞ

「せっかくだからこの後、徳山神社にお参りしませんか?」
 
徳山村の方々の移転先の徳山神社へ
最後に足を運ぶことにした。
 
 

徳山神社へと到着すると
そこにはちょうちんが飾られている。
 
丁度今日はお祭りで
私達はお祭りの始まる直前に到着したみたいだ。
 

5人できょろきょろとしていると
烏帽子を被った若い男性に声を掛けられた。
彼もまた徳山村出身の方で
余所者の私達にも
「お祭りはもうすぐ始まりますから。」と…。

そんな訳で私達、
思いがけなく徳山神社のお祭りに参加することとなりました。



神社には神主さんと
先程の若い神主補佐の方の他にも
烏帽子を被った方が沢山。

どうやらこの方々は氏子総代のよう。

私は調子に乗って声を掛けてみる。
「せっかくなので一緒に写真を撮らせて貰えませんか?」
すると冗談混じりに
「色男じゃないから。」

笑いの渦の中にいつの間にかに私も居て
結局沢山の烏帽子の色男達に混じって記念撮影。
 

お祭りが始まる。
最初に祈りを捧げると、渡されたのは人の形をした紙。

「人形型」と呼ばれていたこの紙に
厄を移して厄払いするのだという。

肩から脇へ、神主さんの指示に従って紙を擦りつけた後は
「体の悪いとことを擦って下さい。」

もちろん私は頭!
すると一歩くんも隣で真っ先に頭を擦っている。

夫婦揃っておさるさんのポーズ。


その次は「茅輪(ちのわ)くぐり」。

その行事自体を知らない私達夫婦とHEYANEKOさんは
すっかり「火の輪くぐり」と勘違い。

鳥居に取り付けられている
人がくぐれる大きさの藁の輪っかを
神主さんを筆頭に全員でぐるぐるとまわる。

「火の輪くぐり」なのにどうして火をつけないのかと
私はまだ不思議に思っている。

茅輪くぐりを知っている
zinzinさんとばばしんさんが
そんな私達に説明をしてくれる。

そうか、愛知のお祭りでも茅輪くぐりはあるのか。
   


その後本堂へと入りお参りを済ませるとここでお祭りは終わり。
続いて子供たちの”手作りちょうちん”の表彰。

ここで徳山の方々の暖かさを更に垣間見ることとなった。
終始和やかなムードで表彰は続いて行く。

拍手と共に時々笑い声や掛け声がかかる。


おおらかな時間の流れ
移転先に残る徳山村の夏祭り。

故郷は変わりても
そこに暮らした人々の心は変わらず、かな。


そうして参加賞のキャラメルコーンまで
私達は戴いてしまった。
 
 
 

さてさて、今回の「徳山フィールドワーク」も
そろそろお開きの時間です。

HEYANEKOさんは東京へ、
zinzinさん、ばばしんさん、ミナカミ夫婦は
同じ愛知でも違う地域なので別々の道を帰ります。

敗猫さんは今頃電車の中かな…。

徳山神社で戴いたキャラメルコーンは
空腹と疲労で帰り道の車の中
あっという間に食べつくしてしまいました。


     *     *     *     *     *     *

徳山神社のお祭りにつきましては
zinzinさんの『サラリーマンの休日 ちょっと行ってくる』
写真入りで詳しくUPされております。

神社でお参りをするミナカミ一家や
烏帽子さんとの記念撮影の写真も掲載されています。

どうぞこちらもご覧下さい。


ちなみに徳山神社のお祭りの頃には
ミナカミ家のカメラは2台とも電池切れでした。
(^^ゞ

【photo by Ippo Minakami】

 

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2006/08/30

1泊2日徳山村の旅 8

私達が川遊びをしている間に
HEYANEKOさんとばばしんさんは
門入にお住まいの方から色々とお話をお伺いしていたらしい。

戸入、同じブロックが積み上げられていた工事現場
あれは共に「船着場」になるのだという。

あまりにも込み入った話で
私には詳しい事情はよくわからないし
ここで何とも申し上げることは出来ないが
現実問題としてどうやら徳山村は
色々な問題を抱えたまま
ダムに沈んでしまうみたいだ。

潅水試験はもうすぐ始まる。
 


気を取り直して門入大橋へと向かう。
今年の5月に解体された家の跡
基礎がまだ残っている。

東海ローカルのニュースでも取り上げられていた
この家の解体の話。

門入につながる道路の建設予定がないという話題の中だった。
 
 

Img_0746
   
立派な門入大橋の脇には小さな古いお地蔵さん
きっと誰かが面倒を見ているのだろう
真新しい白い涎掛けを掛けていた。


ところで、橋の向こうはどうなっているの?

私は橋を渡ってみる。
写真を撮りながら一歩くんがついてくる。
 

Img_0747 Img_0748
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Img_0754 Img_0756

 

いつの間にかみんながいる。
橋を渡ってどんどん歩いていくと…
 

Img_0755

…やっぱり草むら。

以前には橋の向こう側にも家はあったみたいだが
今は「立ち入り禁止」の看板の向こうにも
ただ草むらが続くだけ。

その先へは進まなかった。
 



「お地蔵さんのお花を取り替えましょう。」

ばばしんさんのひとことで
私と一歩くんは野に咲く沢山の花の中から少しだけ
何種類か選んでお供えした。
 

Img_0760
 

5円玉をそっと置く。


沢山持って来た5円玉
実は一歩くんのお父様の体調が悪いと聞いた際
各地でお参りをしようと大急ぎで貯め込んだものだった。

お父様はお祈りをする間もなく逝ってしまったけれど
その残った5円玉で
私達はこうして青空の下
小さなお地蔵さんにお供えをして晴れやかな気分になる。


今でも大切にされている門入の小さなお地蔵さん、
どうぞこれからも大切にされますように…。

【photo by Ippo Minakami】

 

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最初からご覧になる方は → 1泊2日徳山村の旅 1

    *     *     *     *     *     *     *      

ここで皆様にお知らせです。

先日訪問しました宮崎県串間市の新谷分校跡につきましては
HEYANEKOさんのHP内にレポートをUPしていただきました。


『HEYANEKOの旅心のページ』
”81 廃村・過疎集落探訪体験記”の6番目に記されております。
こちらへの皆様のご来館も併せてお待ちしております。
<(_ _)>


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2006/08/28

1泊2日徳山村の旅 7

吊り橋を往復してキャンプを張っている場所へと戻る途中
一台のオフロードバイクが向こうから颯爽と走ってきた。

あ、きっとzinzinさんだ。

早くも真夏の太陽が輝く下
ブルーのシャツをなびかせて爽やかに登場、
ちょっと、登場の仕方が格好良いではないですか。

ライダーでもある一歩くんと私は目が釘付け。

zinzinさんとも無事に合流
一路門入へと向かいます。

 

真夏の門入
辿り着いた瞬間に思ったことは
「とにかく暑い」(^^ゞ

GWにはあんなに騒がしかった門入も
今はぱっと見静かな山村。

「神社の草が刈り取られて。」
そのことばに早速八幡神社跡へと足を運ぶと
この前は気付かなかった石段。
 

Img_0724
 
 

ここには公園が作られるみたいで
その工事の為に草が刈り取られたという。


早速一歩くんといつものアレをやる。

ふたり揃って五円玉を置き
神社だから『二礼二拍手一礼』。

Img_0726
 
 

「ね、ね、そういえば本当は一歩くんはダメじゃない?」
「気にしない。」

”喪中は神社でお参りしちゃダメ”
それも確かに何だか不思議な気がする。
そもそも葬式はお寺さんで、ここは神社なのに。

なんでダメなんだろ?

日本人の宗教観の不思議に
今更気づいたミナカミでした。

 


それにしても暑い暑い。
 

あんまり暑いから
橋の脇の河原に下りて
川に手をつけたらいい気持ち。

手を洗って
腕に水をかけて
それから顔を洗って…。

「ね、ね、一歩くん。気持ちいいよ。」


そういうと一歩くん
顔を洗うだけでは済まなくて
川に頭をつけて豪快に水洗い!

頭を川から上げると
そのまま手でしゃかしゃかと水を払い
水も滴ったままの一歩くん、

さすが、ワイルドだなぁ~。


私も真似して川に…
あ~これ結構いいかも。笑



あんまり川が綺麗で水が冷たくて心地良いから
私達は靴と靴下を脱ぎ捨てて川に入り出した。

Img_0719 Img_0730
Img_0729 Img_0735
Img_0733_1 すっかりはしゃいでしまいました。




門入は水没はしないけれど
この川の流れはこの夏限り。

潅水試験が始まれば
この清らかな流れもなくなってしまうの?

35歳の大人でも
思わずこんなことをしてしまう
どこまでも透明な水の底
赤い色をした石。

静かな山村に響く川のせせらぎ。


川でお茶を冷してもう一度顔を洗い
いつまでもこうして居たいと思った。

川の流れは冷たくて
さっきまでの汗もすっかり引いた。
 


今まで脈々と長い年月流れてきた
この川の流れがもうすぐ変わってしまう。

この綺麗な川は来年の今頃どうなっている?

昨年の秋
ほんの少しの距離で流れが変わっていた
大夕張のシューパロ川のことを思い出す。

上流はあんなに美しいのに
ちょっと下流へ行けば流木がたくさん浮いて
きっとシューパロ川もダムが出来る前は
もっともっと美しかっただろうに。。。

今はただ、この美しさを堪能しよう。
きっとこの川にとっては最後の美しい夏。

きちんと記憶に焼き付けておこう。



そうして私達が川で遊んでいると
親子連れがやってきた。

女の子はどうやら川に入りたいみたい。
思わず私達は誘ってしまう。

ちょうどハチが水を飲みに来たので
最初は怖がっていたけれど
いつの間にか服まで濡らして大はしゃぎ。
お母さんごめんなさい。(^^ゞ

でも、暑い夏の川遊びは楽しいよね。



それから私達は蜂蜜を買うのについて行って
少しお話を伺い
瓶の中に輝くトチ蜜に心を奪われつつも
こんなに甘いものをひとりで食べるのも危険かなと
ぐっと堪えて我慢した。

美味しそうだなぁ~。
トチ蜜ってどんな味がするのだろう?

トチの白い花の蜂蜜は
普通の蜂蜜よりも色が薄く、さらっとしていた。




もう一度あの川に戻ってくると
先程の親子連れのお父さんと
HEYANEKOさんがなにやらお話。。。

何と先程の親子連れはあのきたたびさんご一家でした!
おぉ!!!

【photo by Ippo Minakami】

 

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2006/08/23

1泊2日徳山村の旅 5

真夏の太陽もいつの間にやらオレンジ色
2台の車が橋を渡り、戸入に向けて走って行く。

先程までの国道417号とは違い
大きなダンプとのすれ違いの無い道
私は思わず窓を開ける。

ヒグラシの声、川のせせらぎ
夕暮れの戸入へ向かう道はとても静かだ。



吊り橋の場所を過ぎ
私達はその右側の風景に驚く。

かつての戸入分校のあった場所にも
先程の塚と同じブロックが詰まれ
風景が大きく変貌している。

「たった2ヶ月で…。」
一歩くんはその様子を見て絶句する。

神社へと向かう階段が、無い。


キャンプ候補地である
トイレと公衆電話のある場所

トイレは断水の為使用中止。

私達は他に場所はないかと
川の方へと下って行っては見たけれど
結局「上でいいか。」


冷たい川の水
手をつけて顔を洗って
下流の方に見えるのはあの吊り橋。
 
 
Img_0659

ん?
ワイヤーが前ほどたるんではいない。

もしかして、渡れちゃったりする?
 

そう思ったのは一瞬のことで
暑さの中で移動を続けた私達はもうお腹がすいた!

ビールが間に合わない!

東杉原もキャンプ地として候補に挙がってはいたものの
私達は当初の計画通り、戸入にキャンプを張ることにした。




日が暮れる前に大急ぎでテントを張り
イスとテーブルが登場
さっきまで首に巻いていた手拭をいつの間にかに鉢巻にして
”大将”ばばしんさんが七輪でネギマを焼く。
 

Img_0667
 

月が顔を出す。
缶ビールを開ける。

HEYANEKOさんが野に咲く黄色い花を摘んで来て
テーブルの上に飾る。


話が弾んでいつしか戸入の闇の中へ

ランタンの灯りと共に私達は
戸入の夜を過ごしている。

月は輝き始める。
 

Img_0670
 

ここでHEYANEKOさんの三線が登場。

きっと戸入史上初、そして最後の
三線の音色が月夜の山に響き渡る。

いつしかビールから焼酎へ
ほろ酔い加減で聴く音色は
決して寂しくはない、楽しい戸入の夏の夜。
 

_1_2
 

私はふと、敗猫さんからいただいた雑誌の1ページに目をやる。

そこにはかつての戸入に暮らした人々の
生き生きとした顔のイラスト
 

誰も居なくなってしまった場所なのに
こんなにも楽しく過ごせるのは
もしかしたらそこに楽しく暮らした人々の心が
不思議な力で私達をも楽しくさせているのかもしれない。


夜が更ける。
月は山へと沈む。

雲の合間に天の川が見える。


ランタンの灯りを落とすと
私達は各々のテントに戻り、ひたすら眠った。
 


一歩くんの隣、戸入の大地は寝心地が良い…。

【photo by Ippo Minakami】

 

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2006/08/12

1泊2日徳山村の旅 4

車に乗り込んで国道417号を引き返す。
山手の橋の入口
警備員さんにHEYANEKOさんが交渉するという。

さすが!HEYANEKOさん。

山手の入口手前の道
車を縦列駐車する。

HEYANEKOさんが1号車(ばばしん号)から降りて
警備員さんのところへ歩いて行く。

「交渉が長引いてる?」
「おっ!口説き落としたか?」

敗猫さんと水上2匹の2号車は
その様子を遠くから伺いながら勝手なことを言うw


交渉成立。

警備員さんの誘導で
車は急な曲がり角を切り返しながら入った。

橋を渡り切った少し広い場所に車を停めると
そこからは細い坂道を徒歩で登って行く。

細い道ぎりぎりいっぱいで
ダンプが通過して行く。

よけるとことがないってば。


向こう岸からほんの少し見えた構造物は
これだったみたいだ。

Img_0651

倉庫の跡。
しっかりした作りで対岸から見ると一瞬覆道に見える。

さらに坂を上り続けると
分かれ道に石積み。

Img_0021

Img_0020_2

あっ、これ
八丈小島のと同じだ…。

私は思わず「蛇口は~?」と冗談を言ってみせる。

八丈小島のはコンクリート製の真四角のものだったけれど
この石積みの上にも同じような窓が開いていた。

ただここは八丈小島と違い川のほとりの村。
「防火水槽では?」ということで
話は落ち着いたけれど。。。
   
 

分かれ道の左の坂道が山手分校へと続く道。
両脇を草に囲まれて
古いコンクリート舗装の道が続く。

坂を上りきると
思わず先に着いていたHEYANEKOさんと敗猫さんに

「先生!おはようございます!!」

丁度大きなリュックも背負っていたし
気分はなりきり小学一年生…(^^ゞ


広々とした視界
川の見える小学校(分校)。

八丈小島で海の見える校舎がすごくいいなと思ったけれど
川が見えるのもいいかもしれない。

そっか、だから私多摩川のほとりに住んでいたんだ。


草むらに座りお茶を飲んで
暑いながらも風を感じていた。

下校の図は…↓

Img_0019




向こうに山手橋が見える。
きっとここが村であった頃から変わらない景色。

Img_0657

汗を拭きながら下り坂
橋を見つめ続けて歩いていた。

 

【photo by Ippo&Minami Minakami】

 

※突然ですがお知らせです。

只今より水上一家は車で宮崎に旅立ちます。
続編は帰ってきてからのUP予定です。

ではでは行ってきます。
 
 

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2006/08/11

1泊2日徳山村の旅 3

国道417号沿いの一番奥の集落、塚まで来ると
その様子は更に変わっていた。

沢山の工事用車両が入り
山の上の方にブロックを積んでいる。

午後3時。
作業員の方々が休憩の為に木陰の中に入って座り始める。
 
Img_0648_1

Img_0013 Img_0647_1

”船着場工事”


んっ?
ダムが出来たら遊覧船でも浮かべるのかな?

確かに徳山ダムは
出来上がると貯水率日本一だと聞いたけれど。


この”船着場”の話はまた後にすることにして…
   
   
   
 

Img_0014_3

徳山小学校塚分校の跡地は
更に養蜂場の跡地となっていた。

巣箱に女王蜂が居そうな感じもなく
働き蜂が数匹、その場所にいるだけだった。

久しぶりに見るミツバチはとても小さく感じる。
 


説教所(お寺さん)のあった場所
神社の跡

皆緑の自然へと帰っていた。


忙しく動くダンプカーの巻き上げた土で
道端の雑草が白い泥を被っていた。


ここに来るのがどうやら少し遅かったみたいだ。

【photo by Ippo&Minami Minakami】

 

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1泊2日徳山村の旅 2

今日はここから山手、櫨原、塚と
国道417号線に沿ってかつての集落を訪ねる。

車に乗り込み汗を拭くと
水筒に入った氷入りの冷たいお茶が美味しい。

35℃。
低体温の私よりよりも気温の方が高いだろうな。

細い細い国道を
2台の車が連なって走って行く。


山手に向かう橋の入口には
警備のおじさんが立っている。

一旦パスしてまずは櫨原へ。
 
 
 

Img_0641

櫨原でまず目に入ったのが
この謎の穴ぼこ。

それから国道の付け替え工事用?の真新しい道。



Img_0009_2

ばばしんさんに教えて貰った工事用の看板。
 
 
公図に赤鉛筆で書き込まれた工事区域。
看板を見ながらふと自分の過去の仕事を思い出す。
(私もコレを作っていました)

先にHEYANEKOさんから戴いた
昔の櫨原の住宅地図と見比べてみると
どうもこのあたりは大幅に変わっているみたいで
かつての姿をうまくイメージ出来ない。

分校があって神社があって…
う~ん。。。


後から作った坂道を登っていくと
敗猫さんが藪の下の崖を覗き込んでいた。

Img_0645

どうやらここが分校の跡だったらしい。
(奥に見える構造物はトイレ跡)

Img_0012

2m近い草に覆われた
分校への道
(コンクリートが顔を出しています)



私達はただ、遠くから眺めることしか出来なかった。
 

【photo by Ippo&Minami Minakami】

 

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2006/08/10

1泊2日徳山村の旅 1

8月5日 土曜日

テントとシュラフを車に積むと
一歩くんとふたり車で西へと向かう。

岐阜羽島で待ち合わせをすると
今度は本巣駅へ。

小さな駅舎の待合
大きな荷物を隣に
敗猫さんは汗を拭き拭き待っていた。




潅水を2ヵ月後に控えた真夏の徳山村は快晴。
 

Img_0635_1
 

青空の下
堆く積まれた土砂の向こうに小学校
火の見やぐらに色褪せた看板


Img_0006_2 Img_0005_1
Img_0638_1 Img_0008_1


谷崎潤一郎の『蓼食う虫』
”別れるなら春がいい、夏はかえって物悲しい”
確かそんな一節があったけれど
その気持ちが少し解るような気がした。
   
   
   

一歩くんはひとり橋の写真を撮っていた。
 

Img_0628_1 Img_0629_1
Img_0632 Img_0633

Img_0631 昭和…年竣工


橋には不思議な力がある。
駅にも似て居るような気がする。

向こう岸への架け橋
水の上を渡る

一歩くんも同じことを思っているのだと
あとで写真を見て、思った。
 




こうして大人数で来る徳山は面白い。

ウロウロと歩き回る人
おもむろに土に山の上に登る人
写真ばかり撮る人

そして一歩くんのようにひとりはぐれてる人w


そう、何度もブログに載せているこの場所は
徳山本郷といいます。

村役場は確かこのあたりにありました。

【photo by Ippo&Minami Minakami】

 
                                             →1泊2日徳山村の旅 2

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2006/08/08

吊り橋甦る~1泊2日徳山村の旅 6

8月6日 日曜日

月夜の宴 三線の音色で更けた
戸入の夜

目覚めると日は高く上っていた。

昨日の夕暮れすぐそこに見つめた
あの吊り橋は幻なのか
早く確かめたくて一歩くんと散歩に出た。


落ちていた吊り橋
渡れなかった吊り橋

Img_0014_2 Img_0011_4
(左より2006年4月9日・5月4日撮影)

増山たづ子さんの写真集の中で
野菊が美しく咲いていた戸入の吊り橋。


背の高い草の生えた曲がり角を曲がる。

Img_0027

向こう岸まで板が平らに続いている。


渡れる。
渡れなかったあの橋を渡れる。

最後の戸入の夏
潅水をあと二ヵ月後に控え、

その出来事は夢ではなかった。


そろりそろりと最初の一歩を踏み出す。

Img_0028 Img_0029
Img_0030_2



Img_0035_3

初めて訪れた向こう岸
木陰の中の静かな時間。

川の流れ。


続いて一歩くんが辿り着くと
ふたりはお互いの写真を撮った。

家に帰り見比べると
ふたりとも穏やかな顔をしている。。。

【photo by minami minakami】

2006年8月23日追記
先にUPしていたこの記事を
「1泊2日徳山村の旅」シリーズの1ページに加えました。
 
 

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2006/06/30

景色が変わる

一歩くんが帰ってきた6月24日の早朝
眠れぬままふたりは徳山へ向かうことにした。

福井へのお墓参りも兼ねて
早朝の徳山村へ
そして国道417号冠山峠経由で
越前市へ。


2ヶ月ぶりの運転の一歩くんは
ロードスターの屋根開けて
きょろきょろしながらハンドルを握っている。

日本語が溢れる街に
何だか違和感を感じているみたいだ。

看板を見てぽつりと言う。
「信じられない…。」

私もこうして隣に一歩くんが居て
私が助手席に居ることが一夜明けても信じられない。

昨日まで、一歩くんが居ないことが
当たり前の日常だった。



青い空、深い緑。
国道417号は2ヶ月前とは全く違った色合いを
私達に見せる。

雪の道桜の道
あんなに薄い色合いだったはずなのに
今は全てのものが色濃く、鮮やかに
私達をその奥へと誘う。


一歩くんが居ない間に
こんなにも夏になっていたのか。

そんなことすら気付かなかった。。。


ぐるぐると回る峠道
徳山の橋。

”いつもの道”であったはずの徳山小学校前。

あれ?
なんだかおかしい。

何かが違う、なにかがちがう、ナニカガチガウ…。
 

Img_0001_1


冬にはただ一軒残っていたはずの青い家の場所。
今は大きな土の山に覆われている。

ソメイヨシノの真新しい切り株がある。

夕方になると白い光を発した
あの丸い外灯が、無い。

学校の姿が工事中の何かに隠されている。

重機が土の山の上せわしなく動く。
おかしい、おかしい、オカシイ…。


一歩くんとふたり土の山に駆け上り
そのままふたりで立ち尽くす。

冬、雪の山に登った
その目線で近くの道路を見下ろす。


ナニカガチガウ、ナニカガチガウ、ナニカガチガウ。

あの寒い春、センセイに会った場所は何処?
笑顔で手を振ったセンセイの車が止まっていたのは何処?

水仙の芽が、顔を出していたのは何処?
 

私は呆然とし、一歩くんはただ黙っていた。
背の高い一歩くんの頭の上には
真夏色の青空が広がっていた。

徳山小学校へふたり急ぎ足で向かった。

Img_0004 Img_0010_2
Img_0015_1 Img_0011_3
Img_0009_1 Img_0014_1

一歩くんがグランドで野苺を見つけた。

それは不恰好でもほんのりと甘い禁断の蜜の味
幼き日の記憶。

ねぇ、一歩くん。
この野苺、来年は何処に居るの?



揖斐川の川原
真新しいテトラポッドに腰掛け
私達は川を眺めた。

太腿まで川に足を入れた釣り人
川原を覆いつくす草花
エメラルドグリーンの美しい流れ。


「綺麗なところなのにね。」
一歩くんが煙草をふかしながらひとりごとのように言った。



私はこの現実を、どう受け止めればよいのか解らなかった。

 


その後色々なルートで福井へ行こうとしたけれど
国道157号へ抜けようが303号に抜けようが
道は全て通行止めとなってしまい
とうとう私達は福井へ行くことが出来なかった。

根尾の道の駅では美味しい炊き込みご飯と
地元のおばあさんの手作りらしき饅頭を食べ
坂内の道の駅では
「横山ダムの湖底に沈んだ西横山発電所」という
手作りのCD-Rを購入した。



「ダムに沈むとはどういう意味なのか」

6年前大夕張と出逢ったあの日から
私はその答えを探している。

大夕張の暖かさを知り
大夕張が大好きになり

毎日のように大夕張と心のどこかで向き合いながら
これから大夕張の向かう現実
「ダムに沈むこと」の意味を探している。


いまだにその答えはわからない。
変わる徳山を前に
私は答えを見出せないまま。

青い空と深い緑と土の山を前に
もうすぐ沈む大地の上に
ただ立ち尽くすことしか出来なかった。




*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *



振り返ると福井に行けなかったことは
何かの暗示のように思えてなりません。

徳山から帰った次の日
一歩くんはお父さんの病状を知りました。


この1年、私達に数々のミラクルを見せた福井のお墓。

私は孫だから墓掃除も墓守も当たり前のことだけれど
もしかして今回はうちのおじいさんとおばあさんが
一歩くんに何かを知らせてくれたのかもしれません。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

徳山村の過去の訪問記は
『愛知在住非県民1』
”岐阜県”に記載しております。

併せてご覧下さいませ。
   
   

【photo: IPPO&MINAMI minakami】

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