2006/06/11

八丈小島への旅 10

Img_0089

港へと戻る。

海は青く、太陽は西へと傾き始めている。



もうこの地をを離れなければならないのか。
もっとここに居たい。

もっとここで色々な景色を眺めていたい。

朝9時頃に出発して7時間と少し。
島を離れることが、とても寂しく思えた。

また来よう。
今度は一歩くんを連れて来よう。


一歩くんの目にはどんな風に映るのだろう?
一歩くんは、何を見つけるのだろう。

本当は一緒に来るはずだった一歩くん。


広州で一歩くんが色々な物を見つけたように
私も八丈小島でまたひとつ大切なものを見つけました。

********************************************

その後色々なハプニングがあったけれど
この旅は、生涯忘れられない旅となりそうだ。


今回ガイドをして下さったA先生
(掲載することをお伝えできないので伏字にしましたが
とてもやんちゃで、素敵なおじさまでした)

旅をご一緒させていただいた
HEYANEKOさん廃屋の猫さん、310さん、nannaさん
そして一緒に足止めを喰らったウシロさん

皆様本当にありがとうございました。
<(_ _)>


そうそう、八丈島で足止め喰らったのも
本当に良い経験でしたよー。

途方に暮れたウシロさんと
とぼとぼと荷物を背負って歩く八丈島なんて
早々経験出来るものではアリマセンw

しかも前日初顔合わせで
次の日ふたり、窮地に追い込まれるなんて。

ゴハンを食べた後ひたすら焼酎を飲み
樹海からメリーさんまでディープな話をしました。

ひとりだったら精神的にもっとキツかっただろうなぁ~。

翌日辿り着いた羽田空港で
思わず「ありがとう!」って言っちゃいましたよ。
本当は握手したいくらいでしたw


”旅は人を成長させる”のは確かに本当なのかもしれません。
 
そして飛行機が飛ばなくて足止めを喰らうのも
島旅の醍醐味なのかもしれません。

時間に追われあくせくと暮らす日常ですが
たまにはこういうのも、いいかもw




丁度目の前に到着したバスに乗り
私は横浜へと早々に消えました。

実家に立ち寄り愛知へ
修理が終わったロードスターに乗り

家に帰ると魚たちから激しく
「腹減った!」とアピールされました。

そりゃそうだ、予定が一日延びたんだし。
ごめんね~今餌をあげるから。


そうして何度も何度も八丈小島の写真を見ては
いつもと同じ生活に戻って行く。。。

**********************************************

<参考文献等>
『黒潮の瞳とともに』 漆原智良
『無人島が呼んでいる』  本木修次
『廃村と過疎の風景2』(HEYANEKOのホームページ) HEYANEKO
HEYANEKOさんとA先生から頂戴した地図と資料
(HEYANEKOさん、色々とありがとうございました<(_ _)>)
『Wikipedia(ウィキペディア)』
『Map Fan Web』 『ちず丸』 『国土地理院ウォッちず』


*『八丈小島への旅』シリーズの本文中の画像、
 PCからはクリックすることで大きな画像をご覧いただけます。
  gooブログからのお付き合いの方々へ念の為に申し上げます。

*この文章はあくまでも私個人の日記であり
 上陸をお勧めするものではありません。
 当たり前ですが自己責任の上マナーを守って行動をして下さい。
 尚、八丈小島への宿泊は禁止されています。


<今回ご一緒させていただいた方々へ>
ご存知の通り私は島内で一切メモを取っていなかったので
記憶に基づいてのみ、この記事を書き上げました。
記憶違いをしているところも多分にあると思います。

間違いや「この記述はちょっと…」という部分がございましたら
恐れ入りますがミナカミまでご連絡下さい。

 
また是非ご一緒したいです。
初顔合わせで内心ドキドキだったのですが
皆様本当に素敵な方々で、ミナカミは惚れましたヽ(´ー`)/

**********************************************

おまけ。

東京都道です↓
Img_0080

「愛知県道」より都会的な響きです。
   

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八丈小島への旅 9

沢のある場所見晴らしの良い場所迄登った。
眼下に太平洋と、鳥打の集落を見下ろす。

Img_0081

太古の昔に八丈小島が噴火して
溶岩が海まで流れ着いた、そんな感じなのかな?

「天気が良いとここは、地球が丸く見えるんだよ。」
ガイド役の先生は嬉しそうな顔をする。
 

人はどこから来て、どこへと渡るのだろう?
私はどこから来て、これからどこへと向かうのだろう?

広大な景色を眺めながら
そんなことを考える。


自分の意思とは関係なく物事が動くこともある。
勿論最初に何かを選んだから
その先の出来事がついてくる訳だけれど…





先生の暮らした家へと行った。

「これはここを離れるときに俺が植えたソテツ。」

確かに日の当たりが良い場所ではないが
とても可愛らしいソテツだ。

「ソテツは中々育たないんだよ。」

40年。

人の平均寿命から考えると半分位の年月ではあるが
この島の歴史としてはまだそれほど
時間は経っていないのだ。

五右衛門風呂も底に穴は開いているものの
ブロック造りの建物は健在だった。

Img_0082

遥か遠くの串間、一歩くんとふたりで訪れた
一歩くんの母方の祖父母のお墓参り。

すぐそばのおじいさんとおばあさんが暮らした家は
すでに廃屋となっていた。

その家にも五右衛門風呂があった。


あれから半年
お父さんのお見舞いの為に一歩くんがひとり串間へ帰ると
あの家は綺麗になっていて、定年退職した叔父が住んでいた。

「五右衛門風呂も復活させるから。」
 

八丈小島ではそれが出来ない。

 



強固なブロック造の教員住宅の跡には
ヤギを捕獲する人が休憩場として利用しているのだろう。

真新しいブルーシートで屋根がかかっていて
私達はそこへお邪魔してビールケースと板で出来たベンチに座り
少し休憩をした。

Img_0088

屋根と扉のない玄関から
差し込む日差しが心地良い…。



島を離れる時間が迫っていた。
 

 

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八丈小島への旅 8

その後私達は街の跡を歩いた。

上り坂に石垣が並ぶ風景は
村というよりは街という表現を使いたい。
(*筆者の感覚は多少狂っていると思います。)


八丈小島には水道もなく
家々には一辺が2~3m程度の
コンクリート製の四角いタンクがあり
そこに水を溜めていたのだという。
Img_0085  Img_0074
↑タンクの上には小窓があります。
雨水も利用していたとのこと。

比較的新しいもの?には下に蛇口がついている。
多くは錆付いていてひねることは出来ないようだが
中にはしっかりと水が出るものもあった。




道端に、草に埋もれたお地蔵さん?を見つけた。
とても小さなもので顔はみなほっそりとしている。

Img_0073

『東洋美術史』の授業の一コマを思い出した。


…キリストが太っていたら有り難く感じないでしょ?
日本的にはふっくらしていない仏陀も
何となく有難味がないでしょ?

丸顔じゃないお地蔵さんとか…。

先生、面長のお地蔵さん、見つけましたよw


何処となくのっぺりとして涼しげな印象のこのお地蔵さん
八丈島にも同じものがあった。

各地の道端のお地蔵さんを写真に集めていったら
実は地域差があるのだろうか?

ふと、そんなことを思ってみた。

だけど横浜でも愛知でも福井でも
お地蔵さんの顔はそんなに変わらなかったような気がする。

この地域のお地蔵さんが特殊なのだろうか?
…やっぱり南国だから、少しスリムなほうが有難いのかな。
   
   
   

Img_0077

戸隠神社の小さな祠には
小さなヤギの白骨が横たわっていた。



その脇には細長い石が並ぶ。

Img_0078

「個人個人でここに祀ったもの」らしい。
そういえば、港にそばにもこのような石があった。


人々はどんな想いを寄せて
この石を置いたのだろう。

ここに来る前この石たちは、何処に居たのだろう。



離島から40年近い年月が流れても
人々の想いをのせた石は
同じ場所で、ひっそりと佇んでいる。


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2006/06/10

八丈小島への旅 7

Img_0087

鳥打小中学校。

『黒潮の瞳とともに』を執筆された漆原智良さんは
ここで中学校の先生をされていた。

今回のガイド役の先生も
この学校で教鞭を取られていた。

 

本の中に描かれていた
八丈小島の日常をもう一度心に描く。

先程まで歩いてきた道の当時の風景や
子どもたちの姿を想像する。


Img_0072 Img_0064
Img_0071 Img_0070
Img_0065 Img_0069
↑壁に注目です。                        ↑発電機。島に電気はなく
                                                     各学校の発電機から時間給電していた。
 
 

また、この場所には『惜別の詩』が残されている。

鳥打最後の村長であった鈴木文吉さんが
島を離れる前に赤ペンキで教室の壁に
その想いを綴ったのだ。

Img_0068

ご覧の通り学校は倒壊して風雨にさらされ
その詩の一部が壁にうっすらと残るのみだが
草を掻き分け辿り着いたこの詩を前に
私はただただ圧倒されるばかりだった。
  
  
     

Img_0066

窓枠だったであろうブロックの向こうには海が見える。


こんな学校だったら
学校に行くのも楽しいだろうな。


私も中学校だけは高台に位置した校舎に通っていた。
天気が良ければ海を挟んで房総半島が教室の窓から見えて
授業中、私は窓ばかり見ていた。

席替えで窓際になろうもんならもう最高w





しばらくその場で色々なことを考えた。

建物が崩れてしまってもなお美しいその風景の中
ただただ佇んで居たかった。
 

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八丈小島への旅 6

Img_0056

「ここは家の跡。宇津木より敷地が大きいでしょ?」

全体的に鳥打の方が
家も大きかったのだという。

確かにかたや港は崖
こちら側はなだらかな草原と
そのイメージだけでも
ゆったりと敷地を取れるような気がしてしまう。


切り土の宅地が多いことに目が行く。
大地を削り、平らにして
削った部分を石垣で押さえる造り。

普通ならこの手の地形であれば
土を盛り、石垣で押さえて
平らにするんじゃないかな。
丁度お城の石垣みたいに。

気候のせいなのだろうか
それとも地質のせいなのだろうか。


そんなことばかり考えていると
ガイド役の先生に呼び止められて
この地域の石垣の組み方を教えてくれた。

「ほら、石が左右互い違いになっているだろう。」

Img_0059

あ、ここは盛り土だ…。
    
   
   

Img_0061     Img_0060
↑ちょっとわかりづらい写真ですが
   奥に水がめが見えます




雨が降り出して私達は急いでカッパを着たが
その雨もすぐに上がって今度は太陽が顔を出した。


鳥打小学校へと辿り着いた。
 
 

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八丈小島への旅 5

鳥打の港の景色は宇津木のそれとは違い
緩やかな傾斜で広々としていて、草が生えている。

船を引きあげたのだろうか
海から続くスロープが、そのまま残っている。

同じように舳先から上陸。
しかし先ほどの宇津木のような恐怖心はない。
同じことをしているのにこうも緊張感がなくなるのは
やはりまわりの景色の違いなのだろうか。。。

 
鳥打に足を踏み入れた。
ゆっくりとスロープを上がった。

ここで昼食。
6人でお弁当を広げ、草むらに座り食べ始める。
カモメが私達のそばに近づいてきて
こちらを伺っている。

Img_0053

残飯狙いだったのね。。。

八丈小島近辺は釣りのスポットでもあるらしい。
今日も小島そばの岩の上で、釣りをしている人が居る。
カモメもそうやってよく人からゴハンを貰っているのだろう。


鳥打は宇津木の倍くらいの規模があり
舗装された道もあったらしい(実際残っていた)。
往時はオート3輪?も走っていたらしく
よく見ると草むらの中にエンジンらしきものとタイヤ
あと、目を疑いたくなるのだが
ブレーキローターとブレーキ1setが落ちていた。

オート3輪だとしたらドラム式ブレーキじゃないのか?
Nまんまくんの”有り得ないミゼット”ならいざ知らず。
…Nまんまくんには是非GTウイングを復活させて欲しいものだ。
(*彼はミゼットに太いタイヤを履かせ荷台にGTウイングを生やして乗っていた。)

そしてブレーキと足回り以外のものは
何処へ行ってしまったのだろう?

「錆付いて錆きってなくなったのかな?」と
その場では軽く考えていたが
考えてみたら車は全てが鉄製品な訳ではない。
シートは残っていても、おかしくないのになぁ。

エンジンとブレーキの位置関係を考えると
それは丁度車幅にぴったりはまりそうなのに
それ以外の部品は何処へやら。

第一エンジンとブレーキはあるのに
ボディーがまるまるないなんて、ミステリーですよ。
持ち出すにしてもかなり大きいしなぁ。。。

40年近く海のそばに車を放置すれば
あんな姿になるのだろうか?

今更気になるミナカミでした。

Img_0055

さて、広々とした場所を抜けて
人々が暮らした場所へと向かいます。

この広大な場所は牧場で
やはり人は住んでいなかったそうです。
 

またしても崖に沿った細い道を歩きます。
ガクアジサイが咲き乱れています。

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2006/06/09

八丈小島への旅 4

「ここまで来たのだから為朝(ためとも)神社まで行こうか。」
 
 
道は更に草に覆われ
緑を掻き分けながら細い道を上がる。

「ここ段差があるから。」
ガイドさんの声が飛ぶ。


為朝ってダレヨ?
そう思うあなたに…

源為朝。
こういえばいつの時代の人だかわかると思います。


つまりはそんな時代にはここに人が住んでいて
つい40年前まで、人はずっとこの島で暮らしていたのです。

どうして人はこの島を離れることになったのでしょう?

HEYANEKOさんから先にお借りした『黒潮の瞳とともに』
宿に置いてあった『無人島が呼んでいる』によると
やはり高度経済成長という時代の波に
八丈小島は飲み込まれてしまったのだと思います。
 
 
『豊かな国』になることと引き換えに私達は
実はある種の豊かさをなくしてしまったのかもしれませんね。
 
勿論私達もそれは同じで
一歩くんは宮崎から仕事を求めて愛知へ
ふるさとを離れました。

「出稼ぎに来ていると思っている。」
一歩くんは笑うけれど
その出稼ぎは片道切符です。

農業・漁業など「後を継ぐもの」がある場合
もしくは地元の公務員になることを除いて
生きていく為にはふるさとを離れなければ仕事がありません。

一歩くんは本当は宮崎に残りたかったそうです。
せめて宮崎市内あたりで仕事をしたかった。

だけど宮崎ではいい仕事が見つからなくて
愛知県の会社の内定を貰い
高校を卒業すると同時にこの地へと渡ってきました。

Img_0044_1

辿り着いた為朝神社。

御神体はないけれどその祠は形を残していて
私は半分照れながらお賽銭を出し、その場所へ供えた。

「旅の安全を祈ります。」


一歩くんとふたりなら
間違いなくお賽銭を供えるだけでなく
「二礼二拍手一礼」をやっていただろうw

私は霊感体質でもなく
あまり信仰深い人でもなければ
学生時代の哲学のレポートに
「神は人の心が作り出したもの」と書いて
「面白い」と優を貰った経歴の持ち主だが
人々が祈りを捧げた場所では同じように祈りを捧げる。
 
何っていうか…
その、過去の人々の祈りに対する敬意といえば良いのだろうか。。。
 
「祈る」という感情そのものは
限りなく純真だ。
 
 
山の湧き水のそばの小さな祠
海の安全を祈る小さな神社
 
各地の神社を訪れる度に祈りを捧げる。
 
それは一歩くんに教えて貰ったことなのかもしれない。
通じる通じないは別として、”祈る”ことの大切さ。。。
 
 
祈ることに意義がある。

かつて横浜の某有名教会のシスターに
「祈りが足りない」と言われたけれど
”通じる”ことが大切なことではない。
(もっともそれが理由で私達の結婚式は頓挫したのだがw)
 
 
 
私達の旅が無事でありますように。
そして広州の一歩くんが、元気でありますように。
 
 

 
船へと戻る帰り道
先程の登りとはとは打って変わって
穏やかな表情を私達に見せた。

海の手前に広がる黄色い花
その中に混ざるピンク色のハマヒルガオ。

Img_0050

船がもう一度島へ着く。
今度は北側の集落、鳥打を目指す。

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八丈小島への旅 3

宇津木の集落へ向かうには
崖の縁にそって続く細い細い道を歩く。

Img_0030_1

崖の下は50mくらいはあるのだという。
勿論柵などはなく
天気が穏やかでなければこんなふう歩くのも
とても難しいことなのだろう。

右に海と八丈島、左に険しい山。

往時はここを歩いて物資を荷揚げしたというのだから
それはもう現代人には想像を絶する話だ。

船着場から歩けど歩けど集落は見えない。
道に沿って石垣が見える。
「ここはお墓だよ。」

Img_0031_1

確か八丈小島は土葬、だよね。
そういえば与論島も土葬だった。

与論島では亡くなって1年未満の人のお墓の上に墓石はなく
代わりに小さな祠が置かれていた。
1年後掘り起こして骨を拾って洗い
お墓に収めるのだと言っていた。

八丈小島では3年・5年・7年と年数は色々とあるが
やはりお墓を掘り起こしたと言う。

沖縄に程近い島と伊豆諸島。
距離は離れているが共通の文化がある。

不思議なようで、わかるような。。。

最初の家の跡の石垣が見え
それからもう少し歩いていくと
草むらの中に門柱と廃屋が見えた。

Img_0033

宇津木小学校だ。

残念ながら宇津木小学校は倒壊していた。
門柱の表札も限りなく白く
文字の跡がうっすらと見えるくらいで
上には植物を植えられるように門柱がくぼんで土が入っている。
離島から37年経った今も
そのまま門柱の上に緑の葉を生やしている。

Img_0034
宇津木小学校の門柱。もう一本には宇津木中学校と記されている。

Img_0036 Img_0040
Img_0035_1 Img_0039

「あのブロックの向こうに日本初の風力発電の跡があるよ。」

Img_0037

錆付いた羽のようなものにはつるが絡まっている。
もっともここは風が強すぎて、使い物にはならなかったらしい。

時代が違えばここにも
苫前にあるような立派な風力発電機が並んだのだろう。

 

そういえば、ここは現在無人島ではあるが
八丈島が近いせいでFOMAが使える。
(鳥打側では利用不可)

ブログ用の写真を撮ろうと携帯を取り出すと
なんと3本立っていた。

無人島でFOMA。
串間や八方尾根では使えないFOMA。

ものすごく奇妙な感覚に襲われる。
FOMAが使える場所が無人島だなんて…。

地続きの大夕張ではmovaすら使えないのに。


 

余談だが徳山小学校付近もFOMAが使える。
大夕張、徳山とも国道に面し
街からの距離でいえば
大夕張の方がずっと近い場所にあるはずなのに
この差は何なのだろう。。。

DoCoMoの人に訊いてみたいくらいだw

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八丈小島への旅 2

Img_0014

目の前に見える八丈小島は
どことなく一歩くんのふるさとの宮崎の海岸線を彷彿とさせた。
海から崖を上がり、その上に緑がある。

海の侵食でこんな地形になったらしい。
ヤギが草を食べるから島が崩れたという意見もあるが
それはヤギを捕獲する名目だと今回のカイド役でもある
八丈小島出身の先生は言っていた。

八丈小島といえば
「ヤギが沢山居る島」の方がわかりやすいのかもしれない。

しかし現在では捕獲が進み
人が歩けるような場所にはヤギは見当たらない。

 

島の南側の集落、宇津木の港に船が着く。
港、というよりも”船着場”という表現が正しいのかもしれないが
どちらにせよそこは切り立った崖地の地形そのままで
よく見ると崖に階段とスロープが掘られている。
人ひとり歩くのがやっとの、険しい道のりだ。

船の舳先にタイヤが沢山ついていて
それをクッションに島へ船を着ける。

船の舳先から島へと上陸する。
全員が降りると船はすぐにバックして島を離れる。

Img_0016

急な階段を昇りスロープを上がり
ごろごろと火山岩の転がる場所をまだ上がる。

Img_0017

まるで鬼ヶ島みたいだ。

そう思ったのはつかの間で
次の瞬間、そこに人が住んでいたことを
はっきりと認識することが出来た。

Img_0018

緑が広がり始めた平らな場所に
何か建物と、石垣がある。

目の前に先程まで居た八丈島が広がる。

Img_0023 Img_0020

ここは港の施設で人は住んでいなかったという。
石垣は浜小屋の跡
現存する建物の中にはウインチのようなものが入っていて
船をそれで引っ張りあげたのだという。

目の前にあったはずの船を引き上げるスロープは
現在は崩れてなくなってしまったが
船をくくりつけていた二本の杭は
離島から37年の時を経てもしっかりと大地に刺さっていた。

写真を一枚、撮った。

Img_0022

さぁ、宇津木の集落へ行きましょう。。。

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八丈小島への旅 1

八丈島へ向かってから今日で一週間。

あまりにも鮮烈過ぎてことばに表せなかった
夢のような出来事も少しは薄らいで
今ならことばに変換出来そうな気がする。


八丈小島とは八丈島の北西側に位置する
かつては人が暮らしていた小さな島。

人々は1969年、集団離島をした。

八丈島からは直線距離で4kmしかなく
ちょっと水泳が出来る人であれば
泳いででも行けそうな気がしてしまう。

しかし残念ながら潮の流れが非常に速く
泳いで渡ることは出来ないという。



6月2日 金曜日 雨

八丈高校そばの高台の宿から初めて見た八丈小島は
本当に人が住む場所があったのか悩んでしまう程険しく
天候が雨だったこともあり、まるで魔物が潜んでいそうな
そんなシルエットを海の向こうに浮かべていた。

海から一気に崖が立ち上がり
そのまま山のてっぺんにまで繋がってしまいそう。。。

果たして、あの場所に行けるのだろうか?

残念ながら天気予報は6/3(土)雨・6/4(日)雨|曇。
この旅の主催者のHEYANEKOさんと関係者の方々が相談して
「6/3雨天決行・カッパ持参のこと」という決定が
後発組に伝えられた。

これは、皆さん気が重いだろうなぁー。

実は今回参加される皆さんを
私は誰一人知らない。
HEYANEKOさんでさえメールや電話でやり取りはあるものの
出発前の羽田でお会いしたのが初めてだ。

どんな方々が来るのだろう?

島に行く・人に会う。
私はふたつのドキドキ感を抱えて眠りに着いた。
 
 
 
6月3日 土曜日早朝 曇

目覚めると空は曇っているものの
雨は降っていないみたいだ。

TVをつけると天気予報は少し回復していた。

もうここまできたら
島に渡れさえすれば、雨でも何でもいい。


一歩くんにも見せたかったな。
きっと広州からでも愛知の我が家からでも
八丈島へ行くのにかかる時間はさほど変わらない。

羽田まで4時間、そこから1時間弱。

もっともビザの関係で
一歩くんは中国から出られないけれど…。

東京からは八丈島も近いけれど
名古屋からだと遠い。

名古屋-成田という飛行機はあるけれど
名古屋-羽田という便はない。

あ、それ以前に八丈島は東京都だよ。
妙に納得してみる。


港に向かう家々の石垣は
荒々しい火山岩で出来ていて
南の島らしい雰囲気を醸し出している。

港には漁船が並び
逞しい腕をした漁師さんが
何か作業をしている。

一歩くんの友人にも漁師さんが何人か居る。
昨年の夏、一歩くんの腕をみて
「水上!オマエまた一段と腕が細くなったなぁ。」
みたいなことを宮崎弁で豪快にしゃべっていた。

少し赤みがかった明るい茶色の目は
南の人には多いのだろうか

まん丸の目をした一歩くんの友人と
八丈島の通りがかりの漁師さん
どことなく、よく似ていた。

ちなみに一歩くんは決して目が小さい訳ではないが
どちらかといえば切れ長に近く、三白眼だ。

だけど良く覗き込むと彼もまた
南国の人の目をしている。

生・一歩くんに会う方
どうぞ彼の目を覗き込んで見てみて下さい。

ぱっとみ南国っぽくない顔ですが
やはり彼は南国の人ですよ。


漁船の脇に小さな魚が群がる。
魚は群れを成したまま
そこかしこへと細かく移動して行く。

そうこうしていると後発組を空港にお迎えに行った
宿のバンが港へと着いた。

今回の船を出していただく
船主さんも到着した。



さぁ、一路八丈小島へ。
波は穏やかで天気は曇り。

このまま雨が降りませんように…。

Img_0011_1
↑PCの方はクリックで拡大します


                                   →八丈小島への旅 2

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2006/06/05

帰り道

帰り道

只今富士川SAにて稲荷寿司を頬張っています。
母が鞄の中にこっそり入れてくれたようです。

あげは横浜の某料亭と同じ味付け
中身は千切りしたガリが入っているもので
親心のありがたみを感じます。

何とか朝の飛行機で羽田へ帰ってこれました。
実家に寄り、今愛知へ向かっています。

一歩くんが好きな富士川の富士山…見えるかな?

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もう一夜

結局飛行機は欠航してしまった。


私達の後17:30発の飛行機は予定通り着陸して、離陸した。
今回の参加メンバーの内4人はこちらの飛行機で無事に帰ることが出来た。
(ヨカッタ~~)
 
残された二人、青酎を部屋であおった。
…もう、笑って飲むしかないでしょwww



一歩くんと電話で話した。

飛行機が欠航したことを伝えるとpcから気象庁のhpにアクセスして、
天気図を見てくれた。

「これは飛行機で帰った方がいいかも。」

現在のところ飛行機はキャンセル待ち54番。
明日の朝便の望みは薄く乗れるのは夕方の便。

船の予約は取れたが明日の予想は波も高く風も強そうだ。
「3mったらいい波だから。」
漁船持ちの家で育った一歩くんは笑う。

私は判断に困っている。

リスキーだけど飛べば早く着く飛行機に賭けるか
10時間かかる船にするのか…


一歩くんは一歩くんで今日も広州珍道中。
 
山のロープウェーに乗るはずが
登山をした挙句全く違う方角に下山してしまったらしい…

私達、夫婦で何してんだかw



そんな訳でミナカミはまだ八丈島です。飲みすぎて眠いです。

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2006/06/04

脱出微妙

脱出微妙

八丈島空港、只今天候不良の為飛行機が着陸出来ずに居ます!
私達は帰れるのか?
帰り間際の大オチに、…ここまで来るとむしろ笑えます。(^-^;

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夢の後

夢の後

今朝は風が強い。
フェニックスの木が揺れては、さざなみのような音を立てる。

歩き出す。


昨日のことが鮮烈すぎてまだ
私の中で言葉に変換出来ない。

今はただ、八丈島の風に当たり
昨日の夢をひとつづつ思い出している。


向こうにある八丈小島を眺めながら。

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2006/06/03

もうすぐ

もうすぐ

もうすぐ船が迎えに来る。
八丈小島に居られるのもあと少し。

海に並ぶ個人所有の神様にお賽銭を供え
今日のこの日を感謝する。

 
今、ここに居ること、ありがとう。

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惜別の詩を前に

惜別の詩を前に

鳥打小中学校の壁、
赤ペンキで書かれた惜別の詩の前に居る。

そこに描かれた本当の心の奥底を
私は覗き込むことすらできないけれど…何かを感じた。

風雨にさらされ消えかけた文字を前に
ただただ私は立ち尽くしていた。

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宇津木小学校

宇津木小学校

残念ながら建物は崩れていました。

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近づく

近付く

もう八丈小島は目の前です。

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2006/06/02

遠足の前日

遠足の前の日は眠れない。
困ったことに、大人になっても眠れないw。
明日は雨なんだろうとそれだけしかわからなくて
何が起こるのか、ドキドキしている。

島の夜の空気は心地いい。。。

广州の一歩くんは
どんな空気の中に居るのだろう?


私は八丈島で、島風に当たっています。
明日を夢見て。

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島を前に

島を前に

夢にまで見たあの島を目指し
東京へ向かう新幹線へと乗った。
久し振りの品川駅は
私を一瞬にして東京の女へと戻した。

足取りが速くなる。
人混みの中をスイスイと抜ける。

毎日買い物をしてたあの駅の売店
あっ、せっかくだから何か買って行こう♪
 

羽田空港で待ち合わせ
小さな飛行機 目指すは八丈島。

もうすぐ見える
あの島が見える

私は何を、見るのだろう…。
 

たどり着いた八丈島は雨。
部屋の窓から切り立った島が、手の届く所に見えた。

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