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2009/04/28

リセット

久しぶりにばっさりと髪を切った。
とはいえ元々長すぎる(?)髪だったから
それでもまだセミロングという域だけど

近頃出始めた白髪や
無駄にうねっている髪を考えると
「何にもしないでもいい髪」で居られるのは
もうそんなに長くないのかもしれないなぁと思ったら

パーマやカラーリングで痛んでいた毛先を
今のうちにばっさりと切っておきたかった。

これから暑くなれば髪を結ぶ。
寒い時期に切るのは首が寒い。

ばっさり行くには今の季節が丁度良い。


そういえば、ずっと超ロングだった髪を
いきなり刈り上げにしたのも春だった。
 
今の私しか知らない一歩くんには
かなり「え?」な話かもしれないけれど
それから時代も感じるけれど

二十歳の時の私は
ワカメちゃんのような髪型でした(笑)。


バイクに乗り始めてから
メットを被る→メット脱いだときの髪型対策で
大概長くしていた。

ごまかしが効くし。

そういうところでリスクを冒してでも(笑)
なんかどうしてもリセットしたかった髪。

一歩くんは夫だから
「なんかかわいらしくなったね。」と
切りたての私をまじまじと見て言ってくれたけれど

明日会社で突っ込まれようものなら
「今日はヅラだから(笑)」とか言ってしまいそうだ。


白髪もそうだけど肌の衰えだとか
加齢を意識せざる負えない今日この頃。
 
あと何年、白髪染めとか意識しなくていけるのか
わからないけれど

そうなるまではとにかく髪を傷めず
地肌を傷めないようにして
”黒髪を堪能”しようかと

対髪の加齢対策的に、そう思う。


さて、しっかり切ったし
またゆっくりゆっくりキレイに伸ばすぞ。

で、今がチャンスと早速髪を巻いたりして
結局髪を傷めているんじゃないかと
苦笑い。。。

気持の上でも良いリセットになったかもしれない。

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2009/04/26

小さい怪我

知っている人は知っているが
私は所謂「おっちょこちょい」で

それも度が過ぎるほどのところがあり

会社で設計を考えながら
階段から落ちるのは2ヶ月に1回ペース
 
ついさっきもぼーっとしたまま
左手の小指を冷蔵庫のドアに挟んでしまった。

右手で勢いよくドアを閉めたもんだから
一瞬にして小指の爪先は血の海…

凄い勢いで一歩くんが
薬箱の中から消毒液を取り出し
それから抜かりなく小指の腹にティッシュを巻いて
「キズドライ」を噴射

血が止まるようにキツメにバンドエイドを巻いてくれた。

タイピングしていてもまだ痛む。。。


子供の頃、やたらとコケて怪我をするので
足の力が左右違うからじゃないかと
無駄に母親に心配された。

確かに永久歯が生えたばかりの10歳で
前歯を2本、根元から折った。

でも、怪我をするのは多分、そういう理由じゃない。


そういうときは多分、他に気が取られている時

今宵もずーっとぼんやりと
仕事のことばかり考えていた。

いかんいかん、大人げない37歳の終わり。

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2009/04/15

報われないことなんて多いけど

何だかこの数日
ただでさえ重苦しいこの2ヶ月の騒動に絡むことで
とても苦しんでいる。

別に誰かに褒められなくたっていい。
愛されなくともいい。
疎まれても全然構わないし
存在そのものを否定されるのも慣れっこだけど

けれども
とてもかなしい気持ちになるのはなぜだろう。
 

世の中報われないことなんて多くて
昔から変わらないことばかりだけど

それでもかなしい気持ちになったというのはきっと、

何も変わらないのがわかってて
無力なのもわかってて

それでも精一杯努力したということなのだろう。


だから自分を少しは労って 
堂々と重い肩の荷物を降ろそう。

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2009/04/13

謎のマル文マークを追え~2000年版地図より

明日は一歩くんがお休み
気候も良く、明日は久々のバイクで出掛けよう!

と、一歩くんが地図を見ていて気がついた。
「名倉小があるんだけど。」

「名倉小ってあの新しい校舎でしょ?」
「違う、R153の…。」
「稲武のほう?」
「そう。」


設楽町に絡む色々なことを私は思い返す。
そういえば、ここでかつて紹介した「宇連」
その地名は現在設楽町内に
もう一つ存在している。

私達の訪れたのは
人の暮らしは過去のものとなった
鳳来湖の奥地の「宇連」だけど

しだれ桃の季節、通りがかる
別の土地の場所も
奇妙な偶然なのか、それとも深い意味のある
「宇連」なのだ。


一歩くんの持っている2000年発行の地図に載る
「名倉小」の位置は
今のネット地図に道はあれど
「道なき道を行く」という勢いの道しか
掲載されていない。

果たして、行けるのか?
わからないけれど

明日(月曜日)チャレンジしてみようと思う。

明日、どんなことになるのか
道に迷うのか

何もないのか。

そもそも重複する設楽の地名の根拠は
どこにあるのか

それも気になるところで

今はただ明日のことだけを
考えて眠ろう。

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2009/04/12

2つ目の季節の終わり、かもしれない。

まだ内々の話で決定事項ではないが
来月から、一歩くんの仕事面

それに付随して私達の生活そのものが
大きく変わるかもしれない。

一歩くんの職場は
いつもそういうことが決まるのが突然だ。

このブログをセカンドシーズンへと区切った
その時も急に中国出張への日々に突入する
その時だった。

以来3年間、私達は
時々同居の時々別居という
夫婦一緒が当たり前でない時間を過ごしてきた。


次のシーズンに突入するとしたら
私達の生活はこんな風に変わるだろう。

・毎日一緒に寝る
・朝起きて夜寝る

…書いてしまえば「何て当たり前」。
それが今の我が家にはとても大きな変化なのだ。

更にそれに付帯して下記のような事象が予想される。

・毎週木曜・金曜は一歩くんが夕食を作る


早いときは朝3時半に起き
遅いときは翌朝8時以降に帰宅していた一歩くんと
出来るだけ一緒に居られるように
私は在宅メインのCADオペを選んで仕事をしていた
今の日常。

2ヶ月の別離という定期的に来る波は
確かに寂しさはあれども、決してそれは
ふたりの間のマイナス要素ではなく
むしろ互いの大切さを知る良い機会でもあり

ひとりの時間にお互いが
多方面に見識を深め
ふたり暮らしに戻った時にお互いがその話をし
時に実際に一緒にその地を訪れてみて…

というのが野崎島、設楽、中国やカンボジアへの旅に
結果的に繋がったこの3年。

どうもこの季節が、もうすぐ終わろうとしている。


ブログはここで区切ろうか、このまま続けるか
そこまでは決めていないけれど
…それ以前に多彩なる(笑)お家騒動を抱えていて
全然ブログも書けていないし
旅にも出掛けていなければ
今、実はもうすでに
今迄のような「一歩くんとのふたりきりの暮らし」ではないのだけど。
(※そこを突っ込まれてもコメントお返しできません。あしからず)

私達の季節は、3つ目に突入しそうだ。
…というか、もう2つ目の季節は終わっているのかもしれない。

3つ目の季節の私達は
どんなふうにこれからを過ごしていくのだろう…。

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2009/04/11

四字熟語

唐突ですが
「四字熟語」を思い浮かべてみて下さい。

もうひとつ、さらにもうひとつ

…というつばきさんのブログ記事
思いっきり笑わせて貰いました。


 
せっかくなのでご覧の皆様も
「3つ」順番に思い浮かべてみてください。

思い浮かべたら下へドウゾ。



↓ ↓ ↓ ↓ ↓




私が思い浮かべたのは

 1.在食広州(食は広州にあり、という中国語)
  ※本当は一歩くんがぼやく「無食広州」を思い浮かべた(汗)
 2.相思相愛
 3.農地転用
  ※農地法に基づく制度。
   つばきさんには随分とその辺を川崎時代ご教授戴きました。
      <(_ _)>

一歩くんが思い浮かべたのは

 1.四面楚歌
 2.焼肉定食
  
※それはベタすぎやしないかい?
 3.臥薪嘗胆
  
※これはムズカシイ。難しすぎて私は知りませんでした。
   《「史記」越王勾践世家にある故事から》復讐(ふくしゅう)を心に誓って辛苦すること。
      また、目的を遂げるために苦心し、努力を重ねること。


これって、
「心理テスト」だったらしくて

最初に思い浮かんだ四字熟語は
「あなたの人生観」

ふたつめが
「あなたの恋愛観」

3つめが
「人生を振り返った感想」なんだそうでΣ( ̄ロ ̄lll)



なんだって!!!

人生観は
在食広州かい!アタシは!!
一歩くんは四面楚歌、って敵ばかりなんかい(笑)

恋愛観が「焼肉定食」の一歩くん、
アタイは安くてボリュームあってお得感いっぱいなんかい!!!

人生を振り返った感想が
農地転用って、どんな人生なんだい!アタイは!!!
そして一歩くんの人生は
恨みっつらみ???(四面楚歌にリンクしてるねぇ)


もちろんお遊びの心理テスト。

でも、ネタとしてはとても面白かった。


そして一歩くんも私も
あんまりメジャーな四字熟語を言っていないというか

そもそも焼肉定食や農地転用は
四字熟語なのか???

…と、国語力のなさを露呈する結果となりましたとさ。
<(_ _)>
 

おそまつさまでした。

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2009/04/10

ぶつぶつ…

日曜日は福井で法事だった。

その時出た食事で
久しぶりの甲殻類アレルギーが出た。

帰宅した頃から
「なんか頭かゆいな~」と思っていたら
いつの間にか顔や首にも
ぶつぶつぶつ…。

皮膚の柔らかいところ全てに
蚊に刺されたようなつぶつぶがたわわに実ってる。
そんなもん実らなくてもいいのに
ヒトノカラダって誤作動を起こすとタチが悪い。

しかもそのうち回復するだろうと
かゆみを我慢しつつタカをくくっていたのに、
結局月曜になっても火曜になっても
水曜の午後になっても治らないので
カンネンして病院へいった。

3日間、何で私は我慢なんかしてただろう?
化粧も出来ないほどのかゆさに
すっぴんで会社行ってたのに(37歳でそれは問題?)。
 
思考能力が3日間6割ぐらいしか働かなくて
ただただ必死にかゆいのを堪えるのに
神経を費やして

アホだった(笑)。


医者で貰った薬を飲んだら2時間後に治った。

かゆみが収まって、急に疲労感に苛まれて
あとはただただ爆睡した。

すごいな~薬って。

それと同時に薬を飲まない限りは
症状が軽減しないということも知ってしまい
何だか怖いような、そんな気もした。


甲殻類アレルギー、21歳で発症して
20代前半は何度か医者へ行ったけれど

30越してからは克服しようと少しづつ食べていた。
特にここ最近は甲殻類アレルギーだというのに
行きつけの大○元の「エビマヨ」大好きで
自らオーダーして食べていても何ともなかった。

カンボジアでも屋台でエビ入り料理食べたのに
ぜんぜん何ともなかったのに

高そうなお座敷で戴く甲殻類料理で
なんで私のカラダは誤作動したのか

よくわかんない(笑)。

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